仙台広瀬川ワイルド系ワーキングマザー社長

ビールと温泉と面白いものが好きな47歳、高校生男子の母。

川上弘美「風花」および「古道具 中野商店」

川上弘美の「風花」を読んだのはだいぶ前なんだけど、この小説をどう捉えたらいいのか、私の中でまったく形を得ず、しばらく感想が書きたいけどうまく書けそうもない状態が続いた。
(ネタバレあり)

とにかく読んでいる間も読んだ後もいまいちすっきり感がない小説なのだ。のゆり、というへんな名前(名前からして、のろのろもちゃもちゃしている)の女性が主人公。30過ぎだというのに、たどたどしく区切って、幼さを全面に出す話し方をする。夫である「卓ちゃん」に浮気されて(たくちゃん、という語感もまた、口の中でねちゃっとして、嫌だ)そのまま何年も、のろのろもたもた暮らす話だ。別れを決意するところで終わる。それなのにすっきりしない。
卓ちゃんも子供。好きな女性ができたら離婚できると思っているし、その女性に捨てられたら機嫌をとればよりを戻せると思っている。結婚ってそんなもんじゃない。結ぶときは一瞬で簡単なのに、ほどくのは、荒縄の繊維の一つ一つを手でほぐしていくように、大変だということを、卓ちゃんはしらない。
関係ないが卓ちゃんがシステムエンジニアだというのも非常に不快な要因の一つだ。SEのくせに奥さんの他に女が二人、なんてまともに仕事してるのかこいつ。忙しいふりをして奥さんを遠ざけ、デスマのふりして遊んでた。このやろ。全国のSEの敵だっ。(もしかして、「固い最先端の職業」ということで、SEという職業が選ばれたのかな。)

…そんなわけで、もっと気分のいい小説が読みたくなったので「古道具 中野商店」を再読した。読み終わって「あ、そういうことか」と「風花」の件が腑に落ちた。
川上弘美的に幸せな人は、良く食べて、良く飲む。川上弘美的に幸せな人は、結婚していない。またはしていても、立場年齢性別を越え、恋愛してセックスして。また食べて飲んで。そういうのが幸せ。

普通の人は、結婚して、子供がいて、家(マンション)があって、時間があって、収入があって、健康があって、一生パートナーを愛して。そういうイカニモなハコモノに収まった幸福しか、認めようとしないし目指そうとしない。そういうのから多少ずれててもいいんじゃないの。そういうのから逸脱しても、川上弘美の小説の登場人物は幸せそうだ。とにかく「古道具 中野商店」の登場人物は楽しそうで、最後のふんわりした酔っ払いな感じは最高だ。
一方、「風花」ののゆりと卓ちゃんはそのハコモノにきちんと収まった幸福らしいものを得ていた。子供はいないけれど。主婦を7年、友達もいなくて、仕事もしていなくて、本当に、結婚生活だけで…卓ちゃんに認められるだけで、生きてきたのゆり。のゆりは幸せじゃない。なぜなら、食べないから。生まれつき色が細い上、のゆりがおいしそうに物を食べるシーンがほとんどない。美味しそうに飲んだり食べたりするのは、全部別の登場人物だ。彼らは、川上弘美ワールドにおける幸せな人たちで、離婚したり愛人がいたり独身だったり(卓ちゃんの浮気相手でもあったり)、ハコモノに収まってない。そういう人たちが、ふわりふわりやってきてはちょっとずつのゆりに影響を与えていく。
一方、卓ちゃんはハコモノから出ようとしない。浮気相手ともちゃんと結婚すべくのゆりと別れようとした。もう一人手を出した女が自分の仕事上の身辺を危うくしそうになるとちゃんと手を打とうとする。女たちに去られ一人になると、のゆりを取り戻すべく、こじゃれたイカニモなレストランに定期的に連れ出す。
でも、逸脱した人たちと時間を過ごしたのゆりは、変わっていく。イカニモな幸せはもう、のゆりには届かない。

最後、別れを決意した後、のゆりは「ラーメン食べたい」と言って横断歩道を駆けてく。食欲旺盛で、飲んだり食ったりの、川上弘美ワールドの登場人物の方へ、渡っていく。
卓ちゃんは立ち止まったまま来ない。卓ちゃんはハコモノの幸せをこれからも追い続けるだろう。システムエンジニアをしながら。

…という内容だったんだ!と理解してようやく「のゆりちゃん、よかったね」と思えたのでした。

風花 (集英社文庫 か)

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古道具 中野商店 (新潮文庫)

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