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仙台広瀬川ワイルド系ワーキングマザー社長

ビールと温泉と面白いものが好きな46歳、高校生男子の母。

「邪悪なものの鎮め方」再読

まだ咳が出るけど、ずっと出ていて苦しいって程ではない。
昨日、寝床で内田樹先生の邪悪なものの鎮め方 (木星叢書)を久しぶりにひっぱり出してみた。そしたら阪神大震災の後10年経過して、大学でふりかえりイベントをしたことが書かれてあった。もちろん前も読んだけど、震災後に読むのは初めてで、おお、と新鮮に思った。
震災はまさにこの本でいう「邪悪なもの」だし、その後起きた原発事故も風評も盗難等事件もそうだ。
で、内田せんせいいわく、未曾有の大災害にあって(文中では阪神大震災のことだけど)、極めて適切な振る舞い方が出来る人と、できない人がいると。

ときには、全体を俯瞰し、最適解だけを選び続けるスマートネスを断念しないと身体が動かないという局面があること。
どこで、誰が自分を必要としているかを直感する力、頼れる力と頼りにならない力を識別する感受性がこういう状況ではたいへん高くなるということ。
そういったことを私は震災経験から学んだ。
(p.118-119より引用)

前読んだ時は、ほほーと思った程度だし、震災直後は忘れていた。半年以上たった今読んで考えると、確かにその通りだなぁ、と思う。
あの震災後数週間くらいまで仙台市で、私は人々の間の障壁が溶けて、まざってたような感じをうけた。
「卵どこで売ってたの?」「そこの門のお店!」なんて会話がまったく見知らぬ間でかわされていた。瞬時に相手が信頼できる人かどうか認識できないと、見知らぬ同士の会話ってできないもんだよね。こんなときに「見知らぬ人の情報なんて頼りにならん、ネットで……」なんて言ってたらやっぱり体が動かないし、卵も手に入れられないと思うのだ。

生活に密着して「なんとかしなきゃ」と思っていた人ほど、動いていた。みんな、そういう感受性が高まっていたと思う。あたまでっかちでいろいろ言っていたのは、動かなくても生活できるひとたちだったんじゃなかろうかね。

そうこうしているうちにまた咳が出てきた。げほげほ。