仙台広瀬川ワイルド系ワーキングマザー社長

ビールと温泉と面白いものが好きな大学生男子の母。

ばかだ、ばかだ。

ばかだばかだばかだ。そこに柱または壁があったら、がんがんと頭を打ち付けたい気分だった。

8時すこし前。バスを降りて、もう家はそこまで。帰ってきてしまった。

夕食を外で食べていい日、ぽっと早めに時間があいた。こういう日、いつも私は落ち着きがなくなる。せっかくの自由を、わけのわからない行動で無駄にしてしまうのだ。

自由な時間ができたら、100%「飲みに行こう」という思考になる。
どうしよう、あの立ち飲み屋に飲みに行こうか。前から気になっていた、あのカウンターだけの店に行こうか。
でも、雨だ。ずっしり思いPCも持っている。飲んで普通に歩くにはあまりに状況が悪い。
それに、お金ないじゃん。お酒飲んだら1,000円以上は飛ぶ。
今日は平日だし。来週に一晩家を空ける用事があるので、今週遅くなったら家庭内での立場が悪くなる。おとなしくどこかでラーメンでも食べて帰ろう。

ラーメン、ラーメン。
ターゲットを「こってり」系と決めた。あの店がいいな。いやあの店はこってり過ぎて具合が悪くなる。あっちの店?あの店何度も行ってるよね。いっそ、駅裏の、前から気になってた店に行ってみようか。悩んで歩きまわるうち、空腹感がどんどん増す。腹がへると思考が停止する。
どういうわけか、目の前にあったそばうどんチェーン店に吸い寄せられ「カレー丼セット」を頼んでしまった。カレーとざるそばがいただけるので、得した気分になった。
お腹がいっぱいになったら、やっぱり飲んで帰ろうかなという思考がよぎった。このまま帰るの?せっかくの、年に10回もないチャンス。来週いないからって、遠慮することないじゃない。せっかくの自由、満喫しないでどうするの?
バス停に向かいかけた足が、一瞬繁華街に向く。が、目の前のたいやき屋の「本日限定100円」で思考が再び停止する。
数分後、家族のためにおみやげたい焼き3つを手にして、私はバス停に向かっていた。飲みに行くより、家族のためにおやつを買うなんて素晴らしいお母さんですね。偽善めいたつぶやきが自分の中に生まれて、慌てて打ち消す。なにやってんだろう。なんでたい焼き買ってるんだ。家族のことを忘れて自由を満喫するんじゃなかったのか。
だーかーらー!考えてごらんよ。飲みに行けばお金が飛ぶでしょう。来週使うんだから。たい焼きは300円でしょ、しかも本日限りでお得に買えた。いいでしょ。
たい焼きの甘いにおいを撒き散らしバス停に着くと、次のバスまで25分。
25分は長い。ちょっと、コーヒー飲みたいな。うん、なんか、すっきりしたいな。飲みに行くのは駄目でも、せっかくの自由、最後にコーヒー飲むくらいはしよう。
即決した。でも、ドトールスターバックスか、どちらにしようかで迷う。そしてそこで急にケーキも食べたくなってしまった。非日常への憧れは非日常な食物まで欲してしまうらしい。ケーキも食べるなら、スタバだよね。
スターバックスに行って、コーヒーとケーキを手にして、席についた。店内はすごく混んでいて、スタバの高級な雰囲気はなく殺伐としていた。時間を気にしつつケーキを食べたら、おなかいっぱいになったせいか、コーヒーが飲めなくなってきた。そうだ、私はスタバのコーヒーが苦手なのだった。もし、もっと時間があるなら、のんびりちびちびと飲めたろう。だが、私は時間がない。
悔しいけど、食べ物を残すなんて自分が許せないけど、コーヒーをふた口ほど残して、店を出た。


バスに乗って、たい焼きの袋を自分の傍らに置いて、「ふう……」と座ったら、じわじわと自己嫌悪が迫ってきた。
何やってんだ、私。
お金ないって言いながら、結局1500円くらい使ってるじゃないか。だったら一杯くらい飲めたじゃん。
しかもだ。今日行った店は全部全国チェーン店だ。そして必要以上に食ってるじゃないか。スタバのケーキなんていつでも食べられるじゃん。なんで。
こういう時こそ、一人で行ってみたかったんだあの店…っていうような、地元経営の小さな店に行ってみればよかったじゃないか。
ばかだ、ばかだ、ばかだ。
ふっと得られた自由に不安になると、冒険ができなくなる。
籠から逃げた鳥が、結局籠の中に戻ってくるように。自分を慣れた、ありふれたところに置いて、安心しようとする。
いかん、いかんよこんなことでは。
バスに乗りながら、心に決めた。
今度もし自由時間が夜できて、一人でごはんを食べるとしたら、行ったことのある店やありふれたチェーン店には絶対、行かない。この店行きたかったんだ、というところに行こう。必ず。
お店のMapを作っておかなければ。


ぼんやりとわかってきた。
「金がないから」と、我慢した選択は、間違いかどうかはともかく、後悔することが多い。
「金がない」という理由はまっとうすぎて、当然すぎて、全てに勝ってしまう。

バスを降りて、さわさわとした広瀬川の瀬音を聞きながら、川沿いの道を、こつこつと歩いた。

ばかだばかだばかだ。湿った道にヒールの音が響く。
でも、夜風は優しく、雨上がりの河原は、水と草の匂いが冷たく香っていた。まぁ、でも。夜ここを歩いて帰る幸せは、最後に残っていた。
優しい夜よ、今度は満喫するからね。