読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

仙台広瀬川ワイルド系ワーキングマザー社長

ビールと温泉と面白いものが好きな46歳、中学生男子の母。

「たとへば君 四十年の恋歌」河野裕子・永田和宏

定禅寺通りケヤキ並木の下をバイクでくぐると、頭上から、そして道路の端から、風とともに吹き寄せられた葉が「がさがさがさ」と音が聞こえそうな勢いで舞ってくる。それで、ふと、

たとへば君ガサッと落葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか

という句を思い出した。
河野裕子さんの句。

ご夫婦で歌人で、お互いを思う恋の歌で知られていたと記憶している。
そんな風にお互い思い合えるなんて素敵だなぁ。さらって欲しい、なんて。
美しい夫婦愛というものに触れてみたくて、図書館でこの本を借りた。
心が寂しくなることが続いた日々、人の暖かみに触れたかった。

たとへば君―四十年の恋歌

たとへば君―四十年の恋歌

いきなり意表をつかれた。「たとへば君」の歌は、河野裕子さんが永田和宏さんと出会ったばかりの二十一歳の頃の作だったのだ。言われてみれば、そんな若さというか勢いがある。そうだったのか。

この本は、2人のそれぞれの歌(短歌)と、エッセイが納められている。
読み進めて、浮かび上がってきた夫婦像は、チャーミーグリーンのような超ラブラブな夫婦というわけではなく、生活と育児と仕事に追われる平凡な一家庭の姿だった。癌になり闘病が始まり、うつ状態になった河野裕子さんは家族に激しく当たることもあったという。そういうエピソードを知ると、ああ普通の人なんだな、と思う。
ただ、お互い、歌人だったというところだけ、普通とは違う。寝る間を惜しんで2人は歌を作った。ずっと短歌の第一線を走りつづけた。
癌がわかったあと、そして再発した後の河野裕子さんは歌で自分の死を避けることなく歌い続ける。死後の家族を思い、残された時間を思い。字がかけなくなってからは口述筆記で最後まで歌を詠んだ。死が近くなると、もう自分はなにもできないとわかると、願いは他人に託すしかなくなる。だからなのか、いっそう歌が研ぎ澄まされ、思いが強くなっていくように感じられた。


短歌って、すごい。
言葉、文字、メール、直接のコミュニケーション、でもどうやっても伝わらないことが、たくさんある。
もどかしくて、切なくて。
でも、歌ではそのエッセンスをぎゅっと伝えることができる。
そして、それは長く残る。河野裕子さんの鮮やかな人生が、嵐が去った後の道路一面に貼り付いたもみじのように、いつまでも強く残る。

そういう表現手段がある河野裕子さんが羨ましく思った。
私には何があるだろう。
私も何かを持ちたいものだと思った。これが私の心だと言えるような伝え方を。