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仙台広瀬川ワイルド系ワーキングマザー社長

ビールと温泉と面白いものが好きな46歳、高校生男子の母。

国立科学博物館に二回行ってきた

3/15にマチオモイ帖を見に行ったのだけど、午前中に少し時間が空いたので国立科学博物館に行ってみた。巨大な霧箱があると聞いていたので見たかったのだ。
ところがあまりにたくさんの展示があり、僅かな時間ではとても見れなかった。そしてこれは絶対小学生の息子に見せたい、今見せないと多分二度と見ることはないだろうと思ったので、一週間後の3/22に息子と新幹線日帰りで再び見に行ったのだった。

3/15は特別展の「医は仁術」を見た。主に江戸時代の医療技術について展示していた。日本の医療は東洋医学中心だったのが、蘭学が入ってくるにつれ、西洋医学の考えも取り入れられるようになる。その大きな変化のきっかけとなったのが、やはり解剖の実施と解体新書だったようだ。罪人の遺体を切れるだけ切って、詳細に絵で残しているのを、ずっと眺めていると、人間が只の肉片パーツになっていくなっていくのがよくわかって、正直かなりグロかった。罪人なんで真っ先に首は切ってある。別になった首は、皮、筋肉、骨と一枚ずつ剥いて詳細に描かれている。目は取り出して切る、舌も切る。そして胴体、臓器も全部切る、手も足も首も、縦にも横にも切る、スライスしてみる。人はどこまで形を保っていたら人だって思えるんだろうと、よくわからなくなった。たとえば、内臓の刻んだ一部がぽんとあって、これがあなたの身内です、と言われて弔う気になるだろうかと思った。でも震災の時はそういうのが無数にあったに違いない。
首から肛門までのすべての連なった内臓を…つまり頭手足を除き皮膚を取ったもの…を、太い竹に吊るした絵もあった。背骨のような竹に重たそうにまとわりつく内臓群。人間の形をしている我々の中身はこうなっているんだと思うのだが、アンコウを吊るしてるみたいだった。竹か。竹に吊るすか。手っ取り早いのはやはり竹か。などと敢えて内臓以外に意識を持って行こうとした。
人の命を救う医療という、必要性に迫られているので絵がとにかく鬼気迫るくらい詳細。写真のようとはいえないまでも、日本画で写実的に描かれているので、もとの映像は用意に想像できる。ひたすら「はぁ……」と絶句するしかなかった。遺体の絵が展示のほとんどだったように思えるぐらい強い印象だった。多分ほんの一部だったと思うけど。
高校三年生まで一応医学の道を志していたので、自分がもし医者になれてたら、こういうのが日常だったんだろうな、そういう人生もあったかもしれないなと思った。
「医は仁術」の展示があまりにボリュームがあったので、その5倍くらいある常設展はほとんど見れなかった。霧箱だけ急いで見た。常設展の方はたくさん子どもたちがいて、お父さんが熱心に子どもたちに解説をしている姿が多く見られたのが印象的だった。ああ、こういうところが、お父さんの見せ場なんだ。そんな光景、仙台ではほとんど見られない。だいたい、お父さんと子供という組み合わせで出かける人を見ない。なんだよ、こんな素晴らしい施設あるなら東京の子は頭がいいに決まってるじゃん。しかも高校生以下無料だし(特別展は有料)。むしょうに悔しくなって、帰宅後、息子を連れていくことに決めたのだった。
息子はもうすぐ中学生で、遠出するなら子供料金のうちだ。それに親と旅なんて、あと半年もすれば絶対しなくなる。この春休みが最後のチャンスだと思った。こういうことに金を惜しまないから貧乏なのである。まぁ、子供の頃の思い出は投資だと思ってるから。これが投資か浪費かは、息子次第なんだけど。


3/22、朝5時に起きて息子と新幹線に乗った。
国立科学博物館は、日本館と地球館がある。日本館から見て回った。なにがあったかは全部はとてもじゃないけど書ききれない。たくさんの展示に圧倒された。歴史や科学、自然についての豊富な展示がそこにあって、興味を惹く様々な工夫が凝らされていた。息子は、端末を触って動画を次々見て回った。やはりデジタル・ネイティブなので実物より動画なのである。興味を惹く展示はところどころあるらしく、犬の剥製を見つけたら「かあちゃんの好きな犬だよ」と、わざわざ呼びに来た。
私は駄目な親なので、他の親のように「ほら、みてごらん、これはプランクトンを食べて……」などと解説する余裕はなく「カンブリアンモンスターの化石がみたいんだ!」と騒いで「ハルキゲニアだ!ハルキゲニアだ!」と映像を見て喜び、「カワガラスだ!カワガラスだよ!」と興奮するという、子供と変わらない鑑賞態度である。まったく教育的ではない。でも楽しいんだもの。
展示の中で唯一、撮影禁止のものがあった。甕棺に納められていて発掘された、江戸時代の女性のミイラ。展示物とはいえ一人の人間の遺体であるからして、写真撮影にはふさわしくない、というのが理由であった(と、おぼろげに記憶している)。息子も私も、発掘の様子や分析を記録したビデオとともに、釘付けになった。
動物の剥製の前で、親子が会話していた。
「ほら、くまさんだよー」
「しんでいる、くまさんだね」
息子と私は顔を見合わせて吹き出した。
しかし考えてみたら、博物館の中は生物の死体で一杯だ。なのに、その中をとても興味深く面白く見まわっている。一方、死体はひとつもないけれど、それを詳細に表した絵に圧倒されて、特別展の方は「グロい」と思った。
どちらも位置づけは、学術的興味なのに。いやー、人間の感覚って勝手なもんだな。
多くの展示があるので息子がだんだん飽きてきた。なのでなんとか霧箱だけは見せようと思った。
でかい霧箱は地球館の一番下の地下にあった。
アルコールの霧の中を、不規則に白い線がひゅんひゅんと飛んでいき、消えていくさまは、いつまでも見ていても飽きない。飽きずにずっと張り付いて見ている中年男性がいた。
どうも「飽きない」というのはおとなの感覚であるらしく、こどもはちょっと見てすぐ去っていく。
解説ボランティアのおじ(い)さんが、ここは地下ですがこれだけ放射線が飛んできているんですねぇ、これをもし福島の原発のとこに持って行ったらどうなるかわかりませんけどねぇ、と言った。
22日は結局5時間歩き通しだった。くたくたになったので、上野のecuteでパンなどを買って車中で栄養補給し、新幹線で寝て仙台に戻った。
翌日ズボンのウェストがぶかぶかになって、びっくりした。

息子の記憶には、残っただろうか。私は、まだ見たりないところがあったので、また行きたいなぁ。