仙台広瀬川ワイルド系ワーキングマザー社長

ビールと温泉と面白いものが好きな大学生男子の母。

鷲田清一とともに考える:鷲田清一さん・野家啓一さんシンポジウム「(1)物語る/できごとを伝えていく」に行ってきた

5/4(日)仙台メディアテークで開催された、メディアテーク館長鷲田清一さんと、東北大学名誉教授である野家啓一さんのシンポジウムを聞いてきた。
鷲田館長との対話シリーズの第一回で、今回は鷲田館長と40年来のつきあいのある野家先生が「物語る/できごとを伝えていく」をテーマに話を展開された。

私がtwitterで流れてきたこのテーマに惹かれたのは、「物語が過剰に求められているんじゃないか、溢れすぎているんじゃないか」という思いがあったから。
私はホームページを作る仕事に関わってきた。主に大学関係のウェブに10年ちかく関わってきたのだけど、最近、リニューアルすると「んだかなぁ」と言いたくなるデザインになってしまうのだ。
研究成果や業績、また研究室で研究している内容、先生の説明が「物語」になっていて、読み物みたいになっている傾向にある。ええ、見せたいのはそれじゃないでしょと思う。早く情報を知りたい人にはまどろっこしい。
でもそれは古い考えになってしまったようだ。そりゃ、堅苦しい用語だけ投げつけるより、研究がどう役に立つか、先生がどういう夢を抱いているのか、固くない私的な一面(趣味・スポーツ)は、研究室でどんなイベントが、……などの内容の方が、興味を引くし読みやすい。高校生や社会に対して受けるのだろう。
だけど、ものごと・人は、うまく綺麗な物語にできるものばっかりじゃない。どうひっくり返しても面白くない人間はいる。大学では、この研究がどう社会の役に立ちますかと聞かれたら話せばすごく長くなって端的に言えないほうが、多いと思う。そんな状況で、うまく語る、見せられるほうが有利になってしまうというのは、どうなんだろう。研究や教育の本質よりも、見せ方で評価されるっていうのは、どうなのよ。なんだか納得いかない。そう思ってもやもやしていた。(まぁ、そういうこと言ってると仕事ほされるのはわかってんだけど)
あと、Facebook等で個人が世界に向けて発信できるような勘違いしやすくなったせいか「自分を語る」人が増えてうっとおしい。
自己啓発にハマっている方々が、プロフィール等で、句読点なしの体言止め短文に改行を繰り返して、長々と書いているやつ。
「自分はかつて◯◯だった


◯◯に就職し◯◯の仕事に就く
毎日が充実していた


そんな俺に転機が訪れた
突然の◯◯
そして追い打ちをかけるように◯◯

俺はすべてを失った………(そして自己啓発に出会うまでのいろいろが綴られる)」
こんなどこでも見るような展開のスカスカの文章に「感動しました」というコメントと共に、100個いいね!がついてたりするわけです。どうやら人は、こういう物語に感動して、信頼したりするようなのです。
そういうわけで。うまく見せて、語ったもん勝ちの世の中ってどうなのよ!っていう気分をかかえてシンポジウムに向かったわけです。


前置きが長すぎてすみません。
哲学の前提知識は皆無にひとしく(多少興味があって本を数冊読んだ程度)、野家先生の講義は学生の時全然取ってなくて(同じ文学部だったけど、当時、ぜんっぜん興味なかったから)、そんな私でもなんとか理解しようと脳みそ総動員してメモしながら聞きました。会場に用意された椅子のほぼ倍の人数が集まり、先生方の人気が伺えました。のんびり行った私は1時間半立ち見することになってしまい、ちょっときつかった……

今回のシンポジウムは、メディアテークでずっと行っている震災の記録もテーマになっている。
震災という出来事で過去・現在・未来までつながっていた自分のコアの一部がすとんと喪失しまった経験をした被災者が多くいる。当たり前と思っていた未来、昨日まであったもの、それがなくなってしまった。もういちど、コアを確立するために、生きていくために、人は時間をかけて「語り直し」を必要とする。ああ、そうだよなと、じゃっかん胸の痛みを感じつつ思った。震災ではないが、私も少し前、ここ7,8年近く考えていた未来がいきなり、抜け落ちて無くなる経験をした。その時の喪失感と、生きていけない感は、すごかった。いまだにうまく「語り直し」ができている気がしない。
「なぜ」「どうして」と、理不尽な体験をした人は皆、口にする。原因や理由を説明してほしいわけじゃない。納得のできる物語を欲しているのだ。
記憶を頼りに「語り直し」で物語を再構築するけれど、絶えず作り直しを繰り返している記憶というものは、変化してしまったり、忘れられてなかったことになってしまったり、逆になかったことがあったことになったり。そんな風に都合よく作り上げられてしまう場合もあるけど、どうなのだろうか?そんな鷲田先生の問いに、野家先生は「語る」という言葉の二面性を取り上げる。「語る」は通常の意味の他に、「うそをつく」という意味もありますよ、と。語るという言葉は矛盾することなくこの2つの意味をはらんでいる。
心地よいように、都合の良いようになってしまうことは当然起こりうることで、悪いことだとは思わない。ただし、語る時我々は自分の力だけ語ることはできない。他者から聞いた自分の姿(小さい時どうだったのか、とか)など、必ず他者の力を必要とする。自分で都合よく100%物語りをコントロールすることはできない。背後の真実は語りを通して必ず見えてくる……と、野家先生。
物語り、というのは他者の存在が重要なのですね。私も今、こうしてメモを見ながら書いているけど、もしメモがなかったら、鷲田館長の頭髪に関する野家先生との掛け合いしか覚えていなかったかもしれないし、さらに数ヶ月経つと「漫才のようだった」と印象が変わっているかもしれない。
コアが喪失するような辛い体験。一方、一生の糧になるような素晴らしい体験。記憶には様々なものがあるということに関して、野家先生が映画のセリフから引用したことばが印象的だ。
「忘れていいことと、忘れてはあかんことと、忘れなあかんことがある」
うまく物語を紡ぐために人は、皆、無意識の中でこの3つの記憶の間を逡巡しつつ、語り直しの作業を行っている、と野家先生。
また、鷲田館長が興味深い話をとりあげた。ある自死遺族の方は、当初あまりに辛い体験をしていて、そのことを語ることができなかった。しかし語ることが人のために必要だと知り、少しずつ体験を語るようになった。それが次第に変化して、誰にでも話せる形になっていった。そのことを聞いたあるお寺の住職がこう言った。「それを、成仏したというんですよ」
こんな感じに、記憶と、語り直しについてのさまざまな話が、鷲田館長と野家先生の間で対話を重ねるごとに深められ広がって、シンポジウムが終わる時には、「なるほどなぁ……」と、物語を紡ぎたがる人たちへの目線が少し和らいだように思う。

やはり、震災以降に「物語る」形式のコンテンツは増えたと思う。喪失した部分をもういちど作りあげたい、語り直したい要求が、日本人共通に高まっているのかもしれない。震災だけでなく、いろんなことで、コアが容易に崩壊してしまう、そういう時代になってしまったのかもしれない。そうだよね。思えば、就職もできないし、進学もできないし、結婚もできないし、夢も追えない。小さいころから当たり前に刷り込まれたものが、ぽろぽろ落ちていきやすい、時代になってしまったのかも。足ががりにしたいのだ、物語ることで。

さて、私はどうしようね。強烈な自己否定から立ち上がって、語り直しの作業を地道にやっていくしかないのだろう。時間はかかるけど。事故死のような私の記憶は、成仏できるだろうか。あと、前提知識がなくても分かりやすい話だったけど、もっと野家先生の物語り論を知りたいので、本を読んでみようと思った。鷲田館長の本も。

それから、これは個人的な気分の感想なんだけど。
パソコン向かってる時と全然違う脳の使い方をして、気持よかったです。IT系の勉強会に出ると当たり前だと思っていた、追われて追われてパソコン画面やソーシャルストリームから情報がかぶさってくるのに比べて、ゆっくりで人の顔をしっかり見つつ場の空気をあじわいつつ、脳汁がぎゅーぎゅーしぼられる感じ。
時々は、こういう文系どっぷりの話を聞きたい。答えが簡単に出ないことをひたすら突き詰めて考えることをしたい。

次は8月だそうだ。また時間がとれたら、是非行こう。