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仙台広瀬川ワイルド系ワーキングマザー社長

ビールと温泉と面白いものが好きな46歳、中学生男子の母。

「フルサトをつくる」が気持ちいい

フルサトをつくる: 帰れば食うに困らない場所を持つ暮らし方

フルサトをつくる: 帰れば食うに困らない場所を持つ暮らし方

伊藤洋志さんとphaさんの共著。伊藤さんは「ナリワイをつくる:人生を盗まれない働き方」の次の本、phaさんは「ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法」の次の本で、私はどちらも読んでどちらもとても好きだ。それぞれの前著の延長上にこの「フルサトをつくる」がある。この二人が組んだら絶対風呂で読みたいようなゆるゆるした本だろう、と思って、風呂で(も)読ませてもらった。
思った通り、温泉に浸かるような気持ちよさをもたらす本だった。


ふたりとも、都会(東京)で暮らししつつ、熊野に「フルサト」をつくっている。

田舎暮らしというと、何もかも捨てる覚悟と何があっても戻らない覚悟が必要に思えて、多くの人が断念してしまうけど、そうじゃなくて拠点が両方あって行ったり来たりすればいい。しかしただ器のみ存在する「別荘」だと、行くのが面倒になるしメンテナンスの手間もかかる。じゃぁ、いろんな人が行けるようにして、みんなで使ってメンテして、そこに行けば面白いことがあって、そっちでないとできないような、そこそこ食える仕事も作ろう。そこでいろんなことをして田舎の人も楽しめるようにすればいい、という実に力の抜けた楽しそうな話。
作業して、日が暮れたら、ごはんにして、温泉にみんなで入りにいって、焚き火を囲んでビールを飲んで。
そう、焚き火って1人でするのっていまいちなんだよね。せっかく珍しい焚き火できる地域に住んでるというのに。ツーリングしててソロキャンプしてるなら1人焚き火もありだけど。そんで焚き火にはビールだよね。1人で焚き火ビールだと酔っ払ってるから後始末がいまいち不安になる。
そんなことを考えながら、いいなー、いいなーと思いながら、読みました。
内容もいいけど、phaさんの朴訥な空気の抜けた語りと、伊藤さんの一本芯が通ってるけどひねりの効いた関節技みたいな文章がかわりばんこで、文体そのものも温冷浴のようで楽しい。人生が嫌になったらこういう文章読もう。

伊藤さんにしろphaさんにしろ、南の方の人なんだよなぁ。北の人間からはどうしてもこういう、ゆるい考え方をする人が出てこない。くそまじめな風土なのよねー東北は。

「でも、これってどうするの」と思うところは、ところどころ、ある。例えば、これだけの距離があるのに、移動にかかる交通費どうすんだろう、とか。熊野ってどこなのかよく分かってなかったけど改めて調べたら東京から仙台より遠いじゃん!ひゃー。
相乗りすれば安く住むのだろうけど、長時間強制的に誰かと一緒にいるのって私は嫌なんだよなー(高速バスとか他人なら平気だけど)。あと、移動の時間がもったいないなと思う。私なんて、週に一度バイクで片道45分かけて畑に行くのだってけっこう疲れるしめんどうだと思ってしまう。車やバスだと酔うので本も読めないし。
でも、きっと伊藤さんだったら目の前で鮮やかに解決方法を出してくれそう。「そこにもナリワイの種がある」と言いながら。
ああ、伊藤さん仙台でイベントしないだろうか。ご本人に会ってみたい。


そして家族を持っちゃうと、こういうことはできないなぁ、と残念に思った。
そりゃ家族全員、意見が統一してればできないこともない(実際夫婦でやっている方もいる)けど、うちはまったく意見が合わないから、無理だ。
だから若者はフットワークの軽いうちにこういうことやっといたほうがいいですね。家族を持っちゃうと身動きとれないだけでなく、視野狭窄の蟻地獄に落ち込んでいくことがしばしばあるので。
phaさんも伊藤さんも独身だ。お二人にはいっそ、新しい形の「カゾク」を模索して欲しい。いろいろ縛られるんじゃなく、ゆるくつながっていられる「カゾク」はないものだろうか。


さて、自分はどうしても「コワーキングスペースの運営にも共通のものがあるんじゃないか」という目線で読んでしまうのだけど、とても参考になる。
たとえば「つながりをつくる」の第3章。常連ばかりでがっちり固めても駄目で、来る頻度も多め少なめの人が程々に混在しているのが良くって、もちろんまったく初めての人もいて、というのがちょうどいい、という点はコワーキングスペースも同じだ。
でもって、大々的に「誰でもカモーン!」と呼び込んだりはしない。人を集めるけど無理に集め過ぎない、人が仲良くなれるちょうどいいバランスをキープするのが大事だ。
多拠点という考え方もコワーキングスペース、サードプレイスと同じだ。一つの環境にずっといると見えないことが、場所を移すとわかってきたりする。移動自体が気分を変える。
第5章「文化をつくる」のラスト、「文化というのは、基本的には自分が楽しいと思うことをやればいいものだし」という一文を読んで、なんだかすごく勇気づけられた。ノラヤもいつのまにか随分個性的な場所になってきたけど、これは、ひとつの文化を作っているんじゃないだろうか。コワーキングスペースってこうだ、という枠にははまらないほうがいいと常々思っていたにもかかわらず、お金儲けるためには、他のスペースでやってるあれもやったほうがいいのか、これもやったほうがいいのか……と、枠にはまる方向につい思考が行ってしまう。ああ、いかん。
文化つくればいいんだよね。