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仙台広瀬川ワイルド系ワーキングマザー社長

ビールと温泉と面白いものが好きな46歳、高校生男子の母。

「いいなり」という働き方の危うさを実感した……突然の介護体験記

突然だった。
実家で猫と暮らししている母が腰を痛めて、動けなくなった。
私はしばらく実家に滞在して、介護することになった。


看護師で、介護施設に長年勤務し、さらに8年認知症の祖母を介護した母は、介護のプロ。前日も認知症の人の見守りサポーターになろうと話を聞いてきたばかりだった。その母が介護される側になった。

ぶつけたとか怪我したとかではなく、普通に暮らしていたのに、朝になったら腰が痛くて動けなくなっていた。まず起きれない、立てない、寝返りもうてない。友人にサポートを頼み、這うようにしてようやく病院に行ったが、レントゲンを撮る姿勢がとれない。痛み止めの飲み薬と注射、シップという対症療法。
とにかく常に痛い。そして横になれない。眠れない。薬を飲んでも効かない。明け方に激痛に襲われて座薬を入れても効かない。(さらに猫が遊べと絡む。)

そもそもこの日は息子が夏休み恒例で、一人で実家に滞在する予定だった。しかしそのような状況なので、急遽私も行くことになった。ノラヤもアルバイトもあるし、週末のみ居て仙台に戻るつもりでいた。しかし、行ってみたらとてもじゃないが母は一人で生活できるレベルではなかった。
「頼むから、しばらく居てくれないか……」
そう言われたら仕方がない。運営しているコワーキングスペースも急遽クローズのお知らせを出し、アルバイト先には電話で謝って休ませてもらった。


いやー。
辛かった。
5日間。


猛暑の中、汗だくになりながら、母のできない家事と母のサポートをすべて行った。
3食の炊事と後片付け。ゴミまとめ、ゴミ捨て。洗濯と乾いた物の片付け。買物。通院の介助。朝晩の家の窓の開け閉め。朝晩の庭への水撒き。話し相手。愚痴の相手。
これらは通常のヘルパーに頼める業務だが、母いわく人に頼めないものもある。猫の世話。マクロビオティックな療法(しっぷの作成)。生ごみの処理(実家では普通に捨てない)。畑の作物の収穫。
また、よりによって母が発症した日に冷蔵庫が壊れ、母の友人たちがとりあえず新しいものにすべて詰めたので、その中身を整理し、賞味期限切れのものを整理した。
また、せっかく私がいるのだから、ということで、不要な生活用品や食料品が棚に詰まっているので、それも片付けることになった。古いパソコンも片付けた。棚の中の大量の漬物や果実酒、薬も処分。


こうやって、書き出すとたいした量ではないようだが、それにプラスして、母が「これやってくれない?」「ちょっとー、これお願い」と、以前自分でやっていたことを、すべて依頼してくる。お茶を飲むとか、物を取るとか、持ってくるとか、庭のあれこれとか。
起きている時間中、ずっとタスクが積み重なり、一つこなせばまた次が、やっと終わらせればまた次が……というかんじだった。

やることは忘れないよう紙に書いてリストアップし、その日の朝更新し見なおした。重要度が低いものはその時消した。

しかし、この、常にやることが積み重なっていって消えない……このことが、どんなに精神的に人を追い詰めるか。身にしみてわかった。
「積み木を積んでは崩し、積んでは崩しをすると、人は狂うらしい」と、以前まさに母から聞いたことなんだが、これはそういう状況かもしれないと、ちらりと思った。

私はヘルパー二級を持ってるので、多少は介護のことは知っているつもりだった。
「その人が従来長年に渡りやっていたことを、急に変えたり、否定するのは、やってはいけないことです」と、教わった。
どんなに妙な要求であろうと、母が数十年に渡って愛用してきたものを、否定してはならない。
実家にいるといろいろ非効率的なものが目につくが、とりあえずそのまま。呼びつけられたら、嫌な顔をせず、すぐ対応。
肉体的にも疲れたが、精神的にも、どんどん疲れていった。

この程度がなんだというのだ。母は常に痛みが襲う状態なのだ。夜眠ることすらできないのだ。母に比べればましだ。そう思ってがんばった。
積み重なるタスクをこなす私に、母はこんな言葉をかける。
「そんなにあくせく働くな!見ているこっちが疲れる」
「目の間でバタバタされると、かえって具合が悪くなるよ」
「いいよいいよ、お前たちに迷惑かけるわけにはいかない。痛くても我慢して一人でやるしかないんだ」
やることが山積みなのに、働くな、迷惑だ、とはどういうことか……いっぱい私に命令してるくせに……嫌な顔しているつもりはないが、顔に疲れがにじみ出てしまうのはしょうがない。
そういう一方で、
「ノラヤ?そんなものより親の方が大事でしょう。アルバイト?休めない?そんなバイト辞めればいいでしょう。お金あげるから」
あのねぇ…そういう問題じゃ…
しかし、これも痛みでストレスがたまっているせいだから、仕方がない。母もまっとうな精神状態ではないのだ。

せめての楽しみは食事。うまいものを食べて元気になろうと思う。しかし、母は食べられないものが多い。そもそもマクロビの人だし。肉も油も嫌い。「朝はほとんど食べない、ヨーグルトだけ」「昼はめん類」「きゅうりの浅漬け」と、恐ろしくカロリーの低い、バッタの餌のようなものを所望する。
最初は複数作るのが面倒だしダイエットになるかと思って母に合わせていたが、どうしても疲れがとれず、気づいた。
「こんな食生活では私が倒れてしまう!働けない!動けない!活力の付くものが食いたい!肉!」
と、肉も買ってきてメニューに加えた。
夜、母が寝た後に飲む一本の缶ビールと、ニシンの切り込みがその日の楽しみになった。あと、昼寝は毎日した。なにしろ、猫が深夜に必ず一度か二度大騒ぎして、安眠妨害をするのである……

そうやっているうちに、まったく横になれなかった母が、なんとか数時間は横になって眠れるようになり、90度にまがりっぱなしだった腰も、一日10度ずつ伸びて、だんだん180度に近づいてきた。
回復するにつれ、母も精神的余裕が出てきたようで、気を紛らわせるためにオセロをやろうとか、新聞を読んでニュースを話題にしたりとか、冗談を言ったりとか、前向きな方に考えが行くようになった。
最終日には私の疲れがMAX……それでも、何日か分のおかずをつくって、冷凍して、こまちに乗って、帰ってきました……


振り返ると、介護というものの辛さというより、「こういう働き方の辛さ」をいうのが身にしみてわかった。
人に言われたことをひたすらこなして行き、次々にタスクが積んでいくという状態は、楽だと思っていた。学力や能力にとらわれず、誰でもできる仕事だから。
でも、自分で考えて行動する仕事のほうがよっぽど良いと思った。「いいなり」は、心がすり減る。精神的にきつすぎる。自分のアイデンティティが崩壊するというか溶けていくような感じを覚えた。
そして私も後で気づいたから、知らなかったから仕方がないが、介護というものは、決して「いいなりになること」ではない。相手の要求の中から真意を汲み取って、優先順位をつけて、取捨選択して工夫するという余地があるものなのだ。そういうことをやってたら、ちょっとでも自分で工夫してそれを生かせたら。これほど「やらされ」感がなかったと思う。
それとやはり、母に精神的余裕がなかったので「やってもやっても報われない」感じが、辛かった。まぁうちのケースはましなほうで、認知症入るともっと酷いことを言われたりするらしい。
母は若返ることはない。今後も、このようなことはあるだろう。だからこの経験、心に留めておこうと思った。