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仙台広瀬川ワイルド系ワーキングマザー社長

ビールと温泉と面白いものが好きな46歳、高校生男子の母。

20年くらい購読した新聞を辞めた

社会人になってから、ほぼずっと新聞をとっていた。
若い頃はあまり熱心には読んでいなかったけど、それでも、知識人のたしなみのように思っていて、やめようとは思わなかった。
30過ぎてから新聞の楽しみがわかってきた気がする。

朝食を食べたあと、新聞をばさっと広げ、斜めに視線を走らせればさまざまな情報が入ってくる。時折視線を止めて、ふむふむ、とじっくり読む。コーヒーをすすったり、お菓子をつまんだりしつつ。気になったらその場でスマホで詳細を調べることもある。
時間がなくなれば、気になる記事の紙面が表面に出るよう4つ折りにしてたたんでおき、またしばらくして手があいたら読む。
私は長時間じっと文字を追うのは苦手で、相変わらず本は苦手だし読書数も常人に比べるとはるかに少ない。ぜんぶの記事をくまなく読むわけではない。だが、そうやって、文字の敷き詰められた林をふらふらと散歩して、あれ?こんな情報が。とか、あれ、これ面白い。とか。時々立ち止まって道端の木の実を拾うような、めずらしいキノコをみつけるような、そんな感覚で読めることが、すごく好きなのだ。それが新聞の醍醐味だと思う。コーヒーとかお菓子とかセットで、とても好きな時間だ。ちなみに新幹線で新聞を読むのも、好きだ。


そんな私が、せっかくの新聞を手付かずでおくことが多くなった。
早朝バイトがあるからだ。家人が寝ている間に出勤する。食後の時間なんてない。バイトの後はノラヤにそのまま出勤したり、畑に行ったり用足ししたりするので、結局帰宅後はバタバタと家事に追われてしまい、あっというまに寝る時間になる。
バイトのない日は新聞を読むことができる。だが、ためておいた分を読む余裕はない。
それに息子向けに子供用新聞もとっていて、小学生の時は喜んで読んでいたけど、中高生向けになってからは息子もあまり読まなくなっていた。受験を意識した内容になってくるから興味をひかなくなったのだろう。
早朝バイトで収入は得ているが本業の収入がどんどん減っていき、息子の教育費の出費も急増。生活を切詰める必要はますます出てきた。
読まない日の分、新聞代が無駄になっていないだろうか。

新聞をやめようかという気持ちがときおり、心をよぎった。だが、新聞をとっているという行為自体にプライドが持てたし、読まなくても野菜包んだり揚げ物の油切りに使うし、と思っていた。考えてみればおかしい。読まなくても野菜や揚げ物のために新聞とってて、それにプライド持つって。


ある日、突然気づいた。
読む時だけコンビニで新聞を買ってくればいいじゃないか!
私はバイトのない日はほぼ毎朝、近所のコンビニで缶コーヒーを買って広瀬川を散歩する。その時一緒に買えばいい。
無駄なチラシも入ってないし(チラシ読むのも多少は有益だったけど)。それに複数の新聞社の新聞が読めるし。野菜包んだり揚げ物に使う分には十分足りる!
なんでいままで気づかなかったんだ、バカじゃないか。


こうして新聞を辞めることにはしたものの、新聞店に電話をするのはちょっと心が傷んだ。売り上げが減っているところに追い打ちをかけるようで。
思い切って電話すると、引き止められることもなくやめることができた。
「なにか私共の方で至らないことがございましたでしょうか」
と電話口の方がおっしゃるので
「そんなことはまったくありません、ただ、家庭の事情で……」
と語尾を濁した。生活に追われて金銭的に切詰めるのが目的なので、これは事実である。


さて新聞を辞めて、読みたい時に買うようになって一ヶ月。
毎日、読売、日経、河北から選ぶ。
読み応えがあるのはやっぱり日経。読んでて驚きや新たな知識を得ることが一番多い。
日曜日は慣れ親しんだ朝日。書評が載るからだ。朝日の書評で気になり、借りたり買ったりした本は数多くある。私が読んだあとしばらくして話題になったりするとちょっぴり気分がよかった。
あとは気分によって、適当に選んで買っている。
新聞社によって活字が違うのも面白い。連載小説も前後がまったくわからないけど読む。


なんだか、毎月購読していた時よりも熱心に新聞を読んでいるみたいだ。
もし経済的と時間的に余裕が出てきたら、また、とりたい。
ただ、いろんな新聞の面白さを知ってしまって、あれもこれも読みたくなって、一紙ではすまなくなりそうな気がする。
実家では最大で三紙とっていたよ。