仙台広瀬川ワイルド系ワーキングマザー社長

ビールと温泉と面白いものが好きな47歳、高校生男子の母。

柳美里「命」「魂」「生」「声」

奇妙なきっかけなんだけど、柳美里さんの本を読んでみようと思ったのは、昨年の岡村靖幸ちゃんの仙台ライブ。柳美里さんがお子さんとともに相馬にいらっしゃることはtwitterや新聞を通じて知っていた。そして仙台での靖幸ちゃんライブに、柳さんは相馬からいらっしゃっていたのだ。私は偶然コンビニでお見かけした。とても綺麗で素敵な方だと思った。

なんとなくお子さんを持つ経緯など書評などで見かけてはいたし映画化されていたのも何かでみかけてはいたのだけど、詳細には知らなかった。お見かけしてからなんとなく気になり、本を読んでみようと思ったのだ。

命

魂

生(いきる)

生(いきる)

声 (週刊ポストBOOKS)

声 (週刊ポストBOOKS)

文庫版も出ているけど敢えてこちらを貼らせてもらった。だって親子の写真がすごくいいんだもの。

図書館で借りて読み始めると重くて、でも夢中で読んでしまって、次のを借りるまでちょっと期間を要する。そんなかんじでやっと4冊読み終えた。

柳さんが17歳のときから、かけがえのない関係を築き続けたのは、東京キッドブラザーズを率いる東由多加さん。東さんがガンに蝕まれ、そして死んで葬儀を終えるまで、と同時進行に柳さんは恋人に捨てられ子供を産み、育て、仕事をする。その日々の記録だ。
自分も一人息子を妊娠し産んでいるので、その時を思い出した。私は当時ただの主婦で何も考えてなかったけど産後の育児が辛くて仕方なくて、でも、もっともっと壮絶な運命を抱えて苦悩と重なりながらも妊娠出産産後を過ごした柳さんの日々が、綴られる苦しさが、本当に重かった。


柳さんと東さん、親子ほど年の離れた二人は恋人であったこともあり、友人でもあり、同居していた時もあり、喧嘩して別れてを繰り返し、でも離れなかった。作家としての柳美里さんを見出したのが東さんだった。多くの周囲の人の助けを借りつつ、柳さんは育児と看病と仕事を同時進行に行う。

人は死に向かうとこうなるんだ、ということがリアルに描かれていて、不謹慎かもしれないけど興味深かった。
書く言葉も喋る言葉も、文字化けしていくかのように不明瞭になって、かと思えば「セリフ飛ばしたッ」など部分的に明瞭になったり。
体の変化、動きの変化、思考の変化。
じわじわと体にガンが広がって行くにつれ、いろいろ機能がうしなわれていく。
ああ、こうなっていくんだなぁと、いろいろショックだけど、純粋に興味深かった。



柳さんと東さんはあらゆる治療法を試そうとする。無謀とも思えるその行為の数々は、もし何も知らない他人なら眉をひそめるだろう。だがこうして時系列を追って読むと、そういう代替療法にすがりつきたくなる心境が、真に迫ってきて、責められないなと思ってしまう。私が同じ立場ならやはり、ふらふらとすがりたくなるだろうか。なりたくないけど。

後半の2冊では、時折、ふたりで温泉宿に何ヶ月も滞在していたときの会話が挟まれる。死と戦っている日々の合間に、夢のように、ふっと。
幻と現実を行き来するかのように、安らぎと苦しさが交互にやって来る。生きるってこういうことなんだと思う。どうってことない日々も辛かった日々も、それが後から、まぶしい日々として蘇る。

東さんを見送り、
東由多加の声が聞きたい」
という柳さんの叫びで、この4部作は終わる。

東さんと柳さんの関係はなんだろうか。
親子よりも深く、恋人よりも夫婦よりも強く。
おそらく多くの一般人には、恐怖され嫌悪されるようなその関係は、私には福音と思えた。
ごくふつうの人が当たり前に目指し築くような、まっとうな家族とか夫婦とか親子とか、そういう綺麗などこに出しても恥ずかしくないような関係を、どうしても持てない人って、ある程度いるわけで。
叫び出したい寂しさの中、捻られるような苦悩の中、表面は平静をつくろって生きているわけで。
でも、そういう人たちにとって、こういう関係もあって、それはたとえ死で離れ離れになっても、脈々と自分の魂の中に生き続けるような、そういうことがある。
誰よりも、強く残っている。
そんな関係の存在を信じられることは、やっぱり救いだと、私は思う。


柳さんは今、相馬で新しいことをはじめようとしている。書店ができたら、私も行ってみたい。
今年もライブにいらっしゃるだろうか?岡村靖幸ちゃんの仙台公演まで、もうすぐ。