仙台広瀬川ワイルド系ワーキングマザー社長

ビールと温泉と面白いものが好きな高校生男子の母。

Bさんのこと

f:id:monyakata:20191219122700j:plain

 

そういえば今年、Bさんが亡くなった。

なのでBさんのことを書こうと思う。

 

大学勤務時代に、近くの部署にいてお世話になった方だ。私が勤め始めたころ彼女は妊娠していて、彼女が出産して産休から復帰した頃こんどは私が妊娠した。年齢も母親としても一年先輩だ。

 

私も彼女も、大学の裏方部門の教員(当時の助手)だった。大学組織は先生と学生と事務の存在が大きく、ネットワークやコンピュータの面倒を見る私らのような技術部門は仕事がやたらあるくせに日陰の存在で、また先生と事務の板挟みになり苦しむことがしばしばあった。そんな面倒で孤立しがちな状況でも、有能な彼女は技術とコミュニケーション能力を生かし、先生方にも事務方にも顔が広く笑顔でバリバリと仕事をこなしていた。

 

Bさんは妊娠・出産、育児そして保育園についてもいろいろアドバイスをしてくれた。病院ではこうだった、あれがあったほうがいい、これは無駄なので買わなくてもいい…当時は今ほどネットに情報がなかったから、Bさんのアドバイスは本当に参考になった。使わなくなった妊娠線予防クリームをもらったし、産後の骨盤体操も教えてくれた。

バスを乗り継いで出勤していたお腹の大きい私を、車で自宅まで送ってくれたことも何度もあった。

娘さんの保育園をお迎えのついでに見学させてもらったこともあった。

車の中で「バナナが一本ありました〜♪」の歌が流れると、チャイルドシートでぐずっていた娘さんがはっと泣き止んで人差し指を立てた。必ずこうするんだよね、と笑いながら話してくれた。

私の出産後は、不要になったおもちゃやベビーチェア、いろいろな育児グッズをくれた。家に車で持って来てくれて、私をみたとたん

「ああ、体型戻ったね!やっぱ母乳だよね」

と、サバサバした彼女らしいコメントをしたのがおかしかった。

 

息子が1歳になる頃、仕事復帰の話をいただいて、Bさんに電話で報告すると

「働いたほうが絶対いいよ!あの家にいたときの閉塞感…!」

と、背中を押してくれた。

この時の「閉塞感!(へいっそくかんっ!)」という言葉をBさんがすごく力を込めて言い放ったので、私はほっとした。家で子供と向き合っている時間がとにかく辛くて、母親失格なのではと悩んでいたから。この時の「へいっそくかんっ!」の口調は、なんども脳内再生できるくらい覚えている。

 

その後紆余曲折を経て私は再びパート勤務で元の大学の部署に戻ることになる。

Bさんの部署は人員が増え、私の部署は逆に削減され、1人の教員がいるだけだった。Bさんとは時々、一緒にランチして仕事の話から育児の話などいろいろ喋った。

 

正直、Bさんのことは、同じ部署の唯一の同僚であり上司のMさんほど印象には残っていない。典型的理系研究者のMさんは他部署とうまくやるのも苦手で孤立していたし体調を崩して音信普通になったりして、とにかくいろいろ大変だったのだ。

最終的には私の部署はBさんの部署と統合されることになりMさんはだったら辞めると辞めてしまうのだけど、私はそのだいぶ前になしくずし的に自営業をスタートして大学も辞めていた。

 

その後Bさんと特に連絡をとることもなかった。でも、Mさんが亡くなった時に連絡をくれたのはBさんだった。当時Mさんは大学を辞めて1年以上経っていたのだけど、Mさんのお兄さんがそれを知らず大学に連絡したのだ。

(その時の気持ちはmixiに綴ったけどmixiやめちゃったのでもう見れない)

葬式の翌日、大学関係者の参列があまりに少なくて、やるせない気持ちになり花を買って大学に突撃した。

Mさんの座っていたサーバ室の席に花を置いてぼんやり立ち尽くす私を、Bさんはランチに誘った。

「Mさんがあのときなんで辞めなきゃいけないのか正直わかんなかったんだよね」

Bさんとしては一緒にやりたかったのだろう。そういうとこがMさんの不器用で意地っ張りなとこなんだよなと思った。

 

それからBさんとは、必要な時にちょっとメールをやりとりするくらいで、ここ数年はやりとりは途絶えていた。震災の年だったか、仕事で大学に行ったときにばったり学食の横で会った。その時もお互い急いでいて挨拶したくらいだった。Bさん、相変わらず若いなあ、と思った。

まさかそれが最後になるとは。

 

Bさんが亡くなったと教えてくれたのは、Mさんが亡くなった時に私が最初に連絡して、一緒に告別式に行ってくれた知人の大学教員。

バイトを休めず告別式には行けないので、弔電を送った。

本当に驚いた。

喪主が娘さんだったことを知人が教えてくれた。息子の1個上ならまだ19歳。

なにがあったのかはわからないまま。

5年以上もBさんのことは忘れていたのに、改めて、いろいろ思い出した。

大学の中の特殊な部署にいて、女性がほとんどいなくて、もちろん先輩お母さんなんて周囲にBさんしかいなくて、その状況でBさんの存在がどんなに心強かったか。「貰ってくれてかえってありがたい」とたくさん育児グッズをくれたのに、お礼もろくにしないままだった。

Bさんなら「いいのいいの〜」と軽く言いそうな気がするけど。

 

本当にありがとうございました。