仙台広瀬川ワイルド系ワーキングマザー社長

ビールと温泉と面白いものが好きな高校生男子の母。

3月、メンタルが死にかけた話

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はじめに

3月に精神的にボロボロになり、やばいとこまで行ってしまいました。
今はすっかり落ち着いてますが、ときどき、あの時の脳内が混乱したわけわかんない状態をふっと思い出して、怖くなります。
 
最初に結論を書いておきます。
子供の大学入試はほんとうに精神的に来ます。ほぼ母親一人で抱えてると病みます。
できれば、早く子供を産んで、精神的ショックにいろいろ耐えられる年齢で大学受験を迎えましょう。もしくはちゃんと教育してクッソいい子にしてなんの心配もなく受験を迎えられるようにしましょう。

 

2月。

まず2月。3つ試験を受けてた。そのうち2つは落ちていた orz
この頃から、優秀な方はすでに決まり、人は人、うちはうち、と頭ではわかっていても、勝手にイライラしてた。
 

3月。

第一志望の前期の試験が25日、26日とあり、これに受かってほしい!という気持ちでいた。かなりあやういレベルだったけど、奇跡でも起きれば、と。
前期の試験が終わると一気に気がぬけたのか、息子はあまり勉強しないで友達と遊んだりしてた。
それでいいのか!と思いつつ、卒業式までは学校があったのでそこでちゃんと勉強していると信じたかった。
 
3月に入って、私は新しい仕事を一つすることになった。これはリモートワークで前から受けている自営の仕事の一つ。
非常に責任が伴う、間違いも許されない仕事で、けっこう重圧。
 
8日。
中期の試験。4つ目。息子がいうにはとても簡単だったと。
 
9日。
第一志望の合格発表。落ちた。
予想はしてたが、やはりすごくショック。
どこかで、息子が後輩になったら嬉しいなと思っていたから。でも当然の結果でしょう。死ぬ気で発狂しそうなくらい勉強しないと入れない大学だ。
本人は平気そうだった。一緒に受けた友達みんな落ちたし。
 
となると、中期と後期に掛けるしかない。中期や後期は人数が少ない。前期よりレベルもあがる。
ちなみに本人が「俺はもう受験勉強したくない」と言っていたので浪人はなし。
 
同じ日に私は簿記の試験で合格したのですがあまり祝えない気分だった。まあなんとか気分を上げたかったので無理やりビール飲んで祝いましたが。
 

 中期と後期の合格発表まで2週間。

 
両方とも落ちてたらどうしよう、でも、さすがに大丈夫だろう、簡単だって言ってたし。いや、もしかしてセンターでマークミスして0点とかだった可能性もある。だってそれまで3つ落ちてるんだから。でもその3つは息子の実力からすれば難関だし。そうだよ、次は大丈夫。中期がだめなら後期…ちなみに後期は改組した学部でなんとセンターのみで判定。これもレベルわかんないしセンターミスってたらアウト。あああああ。やっぱりダメなんじゃないだろうか。この、繰り返し。
 
ぜんぜん気分が前向きになれない。「大丈夫だろう」なんて気持ちは10%も起きなかった。
この思考は2週間、毎日脳を支配し続けた。
 
11日。
このころから、腰痛が悪化。
5年間にわたるコンビニ立ち仕事のおかげで、デスクワーク由来の腰痛はすっかり完治していたのに、3月以降のパソコン仕事量の増加で、腰痛はあっさりと復活した。ぎりぎりとつらい。あいまに休憩、スクワットなどするけど、仕事を再開するとすぐ、キリキリした痛みに見舞われた。
なんども書いてるけど私と腰痛の戦いは長い。
いろんな腰痛に良い方法を模索したあげく「諦めた」。デスクワークをしないのがいちばんなのだ。
 
しかし、今は、しなければならない…。それが仕事だから。
 
12日。
前からやっている仕事と、新しく増えた仕事。増えた仕事の方は慎重にやらなければいけないため、どうしても時間がかかってしまった。想定の3倍もかけてしまう。
ランニングに行く時間が減り、体重は増えた。息子がいるのに仕事が終わらず、ごはんをつくることができず、買ってきてもらうこともあった。夕食後も仕事をやるようになった。
 
このころから、息子の進路が決まらないのと、仕事が増えたのと、腰痛の辛さと、体重増加と、その他の問題と、もうすぐ息子と離れるかもしれないという気持ちで、時々泣きたくなる。
 
14日。
中期・後期でもし受かったら、引越しまでまったく日がない!と気づく。どうやら合格の1週間後に引越ししなきゃいけないようだ。なにそれ!?間に合うの?
 
twitterで不安を吐露したらアドバイスもらえた。
 

 

(斎藤ただしさん、ありがとうございます)
 
受かる気が10%もないのに、アパート探しだけはしなければならない。ゲームばかりしている息子をむりやりよびつけ、生協のサイトから気になるアパートをいくつかチェック。
ちょっと気分転換になった。
中期も後期もまったく未知の土地だ。アパート探しがどれだけ厳しいものか検討がつかない。
いただいたアドバスに従い、不動産屋さんに前もってメールを出して状況を聞いておいた。
 
CBMで東北魂ビール8種開栓イベントがあったので行ってきた。
 
15日。
あまりに辛いので、こんなことはめったにしないのに、親に電話して会話した。少し気分が晴れた気がした。
そして気分転換に息子と仙台市天文台に。プラネタリウムもなにもないが、展示室に息子が小学生のときワークショップに参加した記録を見つけて嬉しくなった。
 
16日。
なんと、右手が痺れてきた。腰痛に加えて、マウスクリックのしすぎで痛みが出るとは。
体が辛くて辛くて、泣きたい。
 

 
コンビニの仕事を懐かしく思う。
こんなに腰痛に見舞われるならコンビニに戻りたい。
たしかに時給は最低賃金だ。でも常連さんがいて、一緒に仕事している仲間がいた。体をテキパキ動かして気持ち良かった。
いまの私は、ひとりぼっちでpcにかじりついてる。

無理やり大好きな煮干しラーメンを食べにいって、ちょっと元気になった。
でも、そういうことするから、さらに時間がなくなる。
17日。
事件が起きた。前からやっている仕事の方で、大失態を犯していたことを知る。至急対応しなければならなくなった。
ちなみに、今月最終週は息子の対応でまるまる1週間お休みをいただいている。(中期・後期もダメだったら予備校探しとかあるだろう)だから前倒しにやらなければならないのだ。
時間がない。全然ない。でも頭がいっぱいで何をどうしたらいいかわからない。
 
実はだいぶ前からオンラインカウンセリングをやっていて、文章のやりとりをしてる。
泣きたい、辛いときに吐き出していた。
今回も、腰痛のつらさを書いた。デスクワークの仕事はしたくない、腰痛にならない仕事がしたい。
そうしたら、どうみても、私の状況をぜんぜん読んでいないような返事が来た。
「椅子を変えましょう」「マッサージを」「砂糖を断つと効きます」
椅子?マッサージ?直前のメッセージでさんざんそういうの試したって書いたじゃない。砂糖を断つ?私に死ねと?なんで甘い物我慢してデスクワークしなきゃいけないんだ。
そして「安定した収入を得るならデスクワークに絞って仕事を探したほうがいいでしょうね。」だから、デスクワーク嫌だって言ってるのに!!
 
頭に来て、サポートに連絡してカウンセラーの担当を変えてもらうように依頼。
 
18日。
体重が一段と増えた。動いていないからだ。ふとももを割いて肉を削りたい。夕方になるとむくむ足に穴を開けて水分を抜きたい。
もうデスクワークいやだ。肉体労働がしたい。
 
家を飛び出してハローワークに登録しに行った。人混みの中待ったりして、余計時間がなくて追い詰められてしまった。

 もちろん家事もやりつつ日々過ごしてるんですよ。

facebookで知り合いの方が厚労省ストレスチェックを紹介していて、やってみたら酷い結果だった。
 
19日。
新規の仕事のほうは、慣れれば早くできるようになると思っていたのに、ぜんぜん早くできない。
また、失敗したほうの仕事もまだまだある。
ハローワークにまた行かなければならなかった。登録だけではネットで求人検索ができなかったのだ。またバイクで行ってきた。
事故りそうな気分になる。

ほんとにこの頃、明日生きてるのかどうか確信が持てなかった。

夜、失敗をした仕事の打ち合わせをした。辛い内容だった。
20日。
祝日だけど、仕事が残っている。とにかくちゃんと仕事するしか挽回する手段はないのに、気持ちがついていかない。
 
コンビニからいつも貰ってきているバイト情報誌に、4月に新しくできるコワーキングスペースの求人があった。時給が破格に良かった。
あっ、これじゃないか、私がすべき仕事は。
光がさしたようだった。
だんだん、そこのコワーキングスペースで働くことしか考えられなくなってきた。
fbで話題にしてみたら、たくさんの人に応援してもらえた。
 
休日だから、ネットでエントリーした。入力したのは、氏名性別、住所、生年月日だけ。
担当者からあとで連絡が来るはず。そうしたら自分のコワーキングスペース運営経験をアピールしよう!希望が出る。
 
ついに明日、息子の合格発表。
21日。
ワニが死んだ日だった。(100日後に死ぬワニ)
合格発表直前の、このメンタルボロボロの時に「死んだ」というコンテンツがネットに蔓延しているのを見るのは辛い。ワニよりコロナより私は自分が辛い。
 
合格発表タイム。息子が合格した!
良かった!
本当に良かった。今年になっていちばんの心の平安が訪れたかもしれない。
気がぬけた。
 
22日。
格通知が来ないと入学手続きに行けない。
ハラハラしつつ、待つ。
手続き失敗して入学取り消しになったらどうしよう?悪い方にばかり考える。
もういちど「浪人じゃなくていいんだよね?」と息子に確認。
無事書類が来たので、すぐさま、入学金入金、書類記入捺印を終え、新幹線に飛び乗り息子と大学のある街へ。
久しぶりのビジネスホテル泊、そして息子と、おとまり。息子とはしゃいだ。嬉しかった。
23日。
仕事は休みをいただいた。
朝から大学へ行って、まずは入学手続きを無事済ませた。
不動産屋さんに連絡し、いくつか物件を見せてもらった。本当は他の不動産屋さんも行ってみたかったが、息子は疲れたようで、結局前もってウェブで見ていたアパートにした。
ほっとして、駅近くの電気屋さんを見るなどしてから、仙台に戻った。
 
コワーキングスペースの求人担当者から、ご期待に添えませんでしたメール。面接すらなかった。がっかり。
系列店利用した時、若く美しいスタッフの女性を見ていたので、そりゃそうかと思った。だが、どっと落ち込む。49歳の女性は、社会に必要とされていないのだ……
でも、私が子供産んだり職を転々としたり、ITやったりコワーキングスペースやったりコンビニやったりと、ふらふらしていて年相応の仕事する能力がついていないからだ。能力があるなら、バイト情報誌から応募したりしないよな。
ダメなのは、自分だー。
24日。
仕事再開。並行して引っ越し準備を進める。
 
息子の合格は嬉しいが、仕事のストレスが半端なかった。
仕事が、期待されているレベルでできない。
パソコンの前に座りたくなくなった。座れば即、腰痛がやってくる。
ふと、仕事で「なにかあったら相談して」と言われていた上司の人の存在を思い出した。相談しようと、メールを書いては消し、書いては消し、を繰り返した。
 
息子の引っ越し見積もりを業者に出してみるが、今からの申し込みはNGとの回答が続く。そりゃそうだ、あと4日しかない。電話をかけまくっても断られる。唯一受け入れ可能だったある業者は、電話で20万と言ってきた。「はやく決めないと」と迫られたがやめた。
その後クロネコの単身用パックが、あっさりネットで予約できた。3万円台だ。
 
思い切って上司の人にメールを送ったら、面談をしてもらえることになった。
zoomで面談をした。とりとめのない話だったけど、とにかく今自分がどういう状況でどういう精神状態かを訴えた。すっごい心が楽になった。
会話をしたことで状況を整理でき、楽になった。
 
25日。
不動産屋さんの書類の対応で急遽いろいろ必要になる。家庭内でごたごた。疲れた。辛い。
昨日、辛いことは、辛いと、とにかくそれを吐き出せた自分を偉いと、しみじみ思った。
あのとき吐き出せなかったら、気分転換ができず、イライラしながらの引っ越しだったろう。
26日。
今日から1週間、予定どおり休む。予定通りになって本当によかった。
ひたすら荷造り。
27日。
荷造り、荷造り、荷物搬出。ひたすら、ひたすら体が疲れた。
ごはんをつくるのがほんとうに辛かった。辛いなら買ってくればよいが、それだと私がもっと太る。それにお金かかる。
 
28〜30日。
家族3人で息子の新居に移動。ホテルで一泊し朝から搬入。搬入の日は雪だった。
29日はまだガスが来ないので、息子とファミレスに行って夕食を食べた。
そして銭湯に行った。鯖湖湯より熱くて驚いた。
銭湯の帰り道並んで歩き、コンビニで朝食を買って帰った。寒い。
 
30日は私だけ息子の新居にいて、たくさん生活用品を買った。自転車、家具。買い出しにはレンタカーを借りるつもりだったが、レンタカーすらバスで乗って行かないと借りられない。大荷物を、自転車を利用して運んだ。なんとかなった。
 
最後に駅前まで行って、電気店で調理器具を購入したあと、私はそのまま帰った。
疲れて疲れて脱力した。

 
ほんとうにほんとうに疲れた。
こういうの、働きながらは絶対にできない。みんなどうしているんだろう。 
31日。
後片付けがあるが、脱力感がすごい。引越しのために投げていた家事に追われた。
 

3月を振り返って

息子の大学受かんないストレスと、仕事の増加・失敗が重なり、息子が無事合格したかと思うと今度は即手続きや引越しに追われて、並行して仕事探したいいろいろもあって、あとまあ一応コロナもあって、本当にストレスフルな3月でした。
それから、なにげに、お金が風呂の栓を抜いたようにごぼごぼ出て行くのも、貧乏人なのでストレスでした。
よくあの地獄を生き抜いたな、という気分でいっぱいです。
あれ、コロナ大変だな、と思い始めたのは、4月に入って数日してからかもしれません。それぐらい自分のことでいっぱいいっぱいだった。
(一応、関東地方に行ってきたので2週間は買い物以外のお店への滞在を避けました)
 
大学受験、とにかく、甘く見てました。
本人が頑張るだけだと思ってたのに、ここまで親のメンタルが振り回されるとは。
 
とにかく、「辛い」を安心して吐き出せる場が必要だと思いました。カウンセラーさんが受け止めてくれなかったのが私はショックで、理不尽な行動に出てしまいましたが、その後仕事の上司に吐き出せて、それがきっかけでちょっと楽になったと思います。
 
4月になってからももちろんちょっといろいろある。4月は、お疲れ様自分、と労ろうと思ったけど、私にとっての多くの楽しいことや嬉しいこと、したいことがコロナでダメになってしまった。
おいしいものを食べようと思っても太ってるからダメだし、相変わらず腰は痛いし、やっぱりもうすぐ世界は終わるんじゃないか、でなければ私はこのまま燃え尽きるのかも、と時々おもったりもする。
 
自分はけっこう鈍い方だと思っていたし、冷酷だし、多少のことには精神的にゆらがない人間だと思っていたけど、やっぱり歳を取ったということだろうか。
ここまで精神が揺さぶられてしまうと思わなかった。
 
とりあえず。次の安定のために。
腰痛にならない、太らない、甘いものを食べてもいい、そして普通に収入の得られる、仕事を探そう。