仙台広瀬川ワイルド系ワーキングマザー社長

ビールと温泉と面白いものが好きな高校生男子の母。

音楽をきく場所を変えてみる

音楽を聴く。

好きでどうしても手に入れたいと思う曲はiTunesで買うし、そこまでじゃないけど好きな曲はSpotifyのお気に入りにして流れるのを待つ。あのうっとおしい広告に耐えつつ待つ。お金稼げるようになって余剰資金ができたらプレミアムにします…

買った曲の一部はランニング用のプレイリストに入れて、イヤホンで流しながら外を走る時聴いていた。走ってる途中くじけそうなとき、励まされて、なかなか良かった。

だが、「外をランニング中に音楽を聴くなんて言語道断。周囲に注意が払えなくなり危険だ!音楽聞きたいなら室内で走れ」という意見があることを知り、それもそうだなと思って止めた。

ただ、ランニング用プレイリストは励まされる曲リストでもあるので、他のいろいろなシーンで聴いている。

音楽って、聞く場所によって受ける感じが変わってきて、面白いな、と最近ようやく気づいた。

これまではどっちかっつーとこちらが音楽を場にあったものを選んで聴いてた。

カーシェアで車を借りて運転する時、Bluetoothスマホをカーステレオに繋いで曲を流す。ドライブで聴いたら気持ちいいだろうなという曲を選んで。

イヤホンしながら散歩しつつ聞くのは、夕暮れ時に聞きたいなと思っていた曲。

お風呂では、癒される音楽を聞く。

疲れた時にどうしても料理とか洗濯とか、大嫌いな家事をしなければならないときは、お気に入りリストの曲を流す。これでちょっとは楽しい気分になれるだろう。

 

でも、なんだかそう狙ったほど、ぴったりじゃないな、なんて思ってもいたのだ。

そして、思いがけない時に流れた曲ほど、心を揺さぶられるんだよな。

 

先日。なんとなく、イヤホンを耳につっこんで、なんとなく曲を再生して、歩き始め、曲が流れ出した瞬間。

「あれっ、この状況でこの曲流れるの、いいな!」

と、これまでその曲を聴いていて感じていた気分と、ちょっと違う気分を味わった。それが新鮮だった。

この状況、っつったって、特別なわけじゃない。大事な仕事に出かけるとか特別な用事に行くとか生命の危機とかでもない。なにげない日常だ。だったのに、それがちょっと音楽で彩られた。

その、新鮮だったということだけ覚えてて、何の曲だったかすらも実は覚えてないんだけど。あまりにはっとしたので「これは後日ブログに書こう」と思ったのだった。そして今書いている。

 

自分の中で「この曲はこういう曲」って、何度も聴いた上で、既にこちらの受け止め方が定まっている曲、あるじゃないですか。

曲に対して、こうだ、って、決めつけ過ぎてたかもしれない、と思う。

「励ます系」なんてまとめちゃうのもそうだし。「異世界に行く気分になれる曲」とか「憧れの人に近づく決意を固める曲」だとか「1日の終わりに聞きたい曲」とか「お風呂で聞きたい曲」とか。「どこで聴いてもいい気分になれる曲」もあるけど。

そうやって、「そういう気分になりたいから」と、曲を流して、流れ出したとたんに「あ、こういう気分」って心構えが決まっていたのだ。

でも、その心構えが心地よく破壊されることもあることを知った。

そうか、場所を変えたらいいのか。聞く状況を変えたらいいのか。

聞く場所によって、その時目にしていたものによって、漂っていた空気の匂いによって、肌全体で感じる雰囲気によって、違う。うん、これは今後試してみる価値がある。楽しそうだ。

 

「感じ方」だけではなく、「聞こえ方」が違うように感じる時もある。

「あれ、ここでこんな音が鳴っていたのか!」なんて、何十回も聴いたあとに気づくこともある。あれはなんだろう。精神状態か、体調か、わからないけど。

 

まあでもありがたいことだよね。

こうしていろんな状況で音楽が聞けるなんて、私が大学生の時は無理だったもんね。贅沢に、いろんなところで聴くことを楽しもう。