仙台広瀬川ワイルド系ワーキングマザー社長

ビールと温泉と面白いものが好きな大学生男子の母。

空腹に耐えられない

川上弘美「此処彼処」を読んだ。「ここかしこ」と読む。場所にまつわるエッセイとのことだが、あまり場所が関係ない、ふわふわした川上弘美ワールド。読んでいて気持ちがいい。

これは私の気持ちを代弁しているのか?とびっくりしたのが、「長崎」という文章。

なにしろ食べることに関して、意地きたない。貸したお金がしばらく帰ってこなくとも、悪口を言われても、薄ぼんやりしか反応しないくせに、いったんお腹がからっぽになるや、即ちわたしの心もちは凶悪になり、体はぶるぶる震え、胸は波うつのである。
(中略)
会食の開始をのばす長いスピーチの主を呪い、注文がなかなか出てこないお店に腹をたて、素早く食卓につかない子供を叱りつけ、わたしの食に関する偏陋(へんろう)さは年々増すばかりだ。

まさに、私だ。
私は、まったく空腹を我慢できない。朝から晩まで3食きちんと食べないと気がすまない。さらに面倒なことに、食べ物の量が少なくても多すぎても機嫌が悪くなる。最近は気分だけでなく調子が悪くなる。でも空腹のほうが圧倒的に辛い。
例えば、外食する場所を探して街中を歩いているとき。夫は「この店は○○が駄目だ」「この店はどうのこうの」と細かくチェックし、なるべくいい店を探そうとする。歩きまわっているうちに私の空腹感がどんどん増して私はどんどん機嫌が悪くなる。1時をすぎればもう耐えられない。いいじゃないか適当な店で。多少不満があってもそれもいい思い出になるじゃないか。最高にうまい店探さなくたって、そこそこでいいじゃないか。「もうどこでもいいじゃん」と私が口走り、空腹に耐えられる夫と喧嘩になるのがいつものパターンだ。私に空腹を強いる人は、例外なく、私の敵だ。

こんなことがあった。
息子が小学校にあがる前の頃。夫の実家に行って泊まることになっていた。私と息子が先に夫の実家に行って、夫は別途仕事を終えたら向かう予定だった。夕食の時間が近づいていた。義父、義母、私、息子は夫を待っていた。
夫の実家は食事が常に遅い。7時半は越える。その頃は遅くても6時半には夕食を開始していたので、私は既に空腹だった。自分も食事の準備をし、既に疲れていた。並ぶ料理、漂う匂い。胃がきゅるきゅると鳴るのを必死で抑える。夫はまだか。すると電話が来た。
「遅れた。○○時に着く電車で帰るから」
その電話に対して義母は、
「駅まで車で迎えにいってあげるわ」
夫が「いいから先に食べてなよ」というのを押しとどめて義母は夫を迎えに行くことにしたようだ。
私は内心『35過ぎの息子迎えに行くなんて…。タクシーでこっちに向かわせればいいじゃない。それより先に食べようよ……』と思った。しかし次の瞬間、義母の言った言葉を聞いて、私は倒れそうになった。
「お父さん(義父)と○○くん(息子)は、先に食べてなさい。私は迎えにいってくる。monyakataさん、◯◯くんに食べさせてなさい」
義母は義父と息子の分だけ、あたたかいものを盛り付けると、夫を迎えに行った。
え?
私は?

私は待たなきゃいけないの!?
なんで?なんでこうなるの?後頭部から燃えるような怒りが吹き出してきた。
空腹は最高潮。気分は最悪。これはなんだ、男尊女卑でしかない。なぜ男性だけ食べるのだ。何時代だ。こんな空腹、耐えられない。私に死ねというのか!?頭の中では「なぜだ」がぐるぐる回った。怒りと空腹と困惑で意識が遠のいていく。なんで遅れてくるんだ、夫よ。仕事でマネジメントもしなければならない人間なら、計画も立てるだろう。ならば自分の帰宅時間ぐらいちゃんと予測し「なるべく早く帰る」などというあいまいな表現をしては、ならない。システム開発で「なるべく早く作る」なんて言ったらデスマが目に見えているだろうに。夕食の時間をなぜいとも簡単にこんなに左右してくれるのだ。その弊害が、こんなにも甚大であることを、一体なんだと思っているのだ。そのへんの壁を殴って叫びたくなった。
やっと義母とともに帰宅した夫を見た時、私はきっとものすごい形相だったことだろう。食事が終わったあと、別室に引っ込んでから夫に「こういう場合はこういうことになってしまうんだから、ちゃんと時間の予定立てて!そしてどうしようもない時は先に食べるようにお義母さんに言って!」と迫ったのはいうまでもない。しかし夫は私のことをただのわがままと思ったようだ。
わがまま、だろうか。だってこんなに辛いのを、耐えろというのがおかしい。でも、どうやら私は普通じゃないらしい。

なにかの故事だったと思うが、馬を二頭並べて親と子を見分ける方法は、餌を食べさせることだ。親馬はかならず子馬の後に食べる…という話を聞いて、ガーンと思った。私は子供が小さい頃から、なるべく子供と同時に食べるようにしていて、ほとんど自分のほうが先に食べ終わる。だが、まわりのお母さんをよく見たら、自分はほとんど食べずに子供に丁寧に優しく食べさせてあげて、自分は後からぺちゃぺちゃ食べている。ああ、私には無理。母性より空腹感が勝ってしまう。でも考えてみたら、自分が空腹を我慢してイライラしながら子供に接するより、自分もちゃんと食べてまともな精神状態になって子供に接したほうが、よっぽどいいじゃん?なんでも愛で我慢できるほど、立派ないきものじゃないよ人間て。
こんな親に育てられたせいか、息子は、親と同様に食い意地の張った、なんでも残さずがばっと食べる良い子に育ちましたよ。

なお、先の夫実家でのエピソード。私の母に聞かせたら「お義母さんは働くのが好きな人なのね。でも、私だったらきっと先に食べてるわよ」と言ったので、ちょっとほっとした。