仙台広瀬川ワイルド系ワーキングマザー社長

ビールと温泉と面白いものが好きな大学生男子の母。

服が安上がり人生

相変わらずリサイクルショップとかメルカリとかで服を買っている。
びんぼうくさい、こんなことはやめた方がいいのでは…という気持ちになって、情けなくなって、ユニクロとか無印とか楽天の大人女子っぽいショップでふつうに買ったりする。でも、そのときは「欲しい」と思って思い切ってお金出したくせに手元にあるといまいち活用できないのだ。 

そもそもの問題は、金がないとかではなく、私のファッションセンスが永久に育たないところにある。
おしゃれがいまだにわからない。自分に何が似合って何を着るといいのか。
そしてその場に相応しい格好は何か。
めんどくさいから自分の着たい、楽な格好ばかりしていると、冬はジーンズにチェックシャツ、夏はショートパンツにマラソン大会でもらったTシャツ、となる。

 

人に会うときはちゃんとした服を選ばないと社会的に死ぬので、雑誌見たり町行く人をみたりして情報収集してみるが、結局身につかない。はやりの服でも着たいとはどうしても思えないものもあるし。あと無難なモノトーンは最近嫌いになりました。仕事で「黒ずくめ」「モノトーン」を着なきゃいけないので。あれは気分が落ちる。

流行最先端でなくて構わない、ふつーでいいのだ、ふつーで。

でもそのふつうがわからない。自分的にふつうの恰好をしていても、奇妙らしく後で指摘されたりする。自覚がないのがまずい。

以前「ビール女子ツアー」なるものに参加したときは、長時間歩く前提だったからジーンズにスニーカー、ビール好きをアピールすべくビールTシャツを着て行った。そしたら他の参加者のマダムがみんな優雅でワンピースだのスカートだの。大人の余裕ある人生が漂ってくるような、ひらりとしてゆらりとしたファッションでローヒールの靴で別世界のように美しくて、集合写真の私は清流に投げられたコンビニ袋みたいに浮いてた。ちくしょう。

 

根本的に、見た目より機能だという思いがある。変な格好してても私が心地よいならいいではないか。苦しい服なんて絶対着たくないもんね。大学教員時代はサーバ室のエアコンが辛くて綿入れ半纏を着ていたし、会社員時代に真夏にエアコンが嫌でフリース着ていたし、腰痛酷いときは服の上から腰痛ベルトをつけて堂々と歩いていた。冬にスカートを履くことはほとんどない。なんで10℃以下で足を布で覆わず生きていけるのか。コワーキングスペースをやっていたときは常に下半身に毛布を巻きつけていた。

ん?結局寒さに弱いのがよくないのか?南に引っ越すか?

話がずれた。

 

そんな私だが最近気づいたのである。

私、せっかく絞って筋肉つけてなんとか体型を維持しようと日々頑張って、また肉体労働もして、その結果年齢の割にはかなりましではないか、という体形になっている。

その体型が生きる格好をしないともったいないんではないか?! 

いつでもバイクに飛び乗れるようにジーンズチェックシャツではあんまりではないか。

 

よし、買おう。体形を強調したやつを。

Rakuten fashionのアプリを眺めていて、ずーーーーっと欲しいブルゾンとスカートがあるんだけど、「でも買った結果結局着ない可能性もある」と、カートに入れては削除を繰り返している。セールになって買おうか迷っているうちに通常価格になったり品切れになったり。

チラチラ見てしまって時間の無駄!やめよう!

アプリを削除してしまった。

 

そう、私は「おしゃれになりたい」という意欲がそもそもないんだよね。若いころならモテたいというモチベーションがあったけど。

ただ、見た目の良さは好意的に思われるし社会的地位向上に役立つし、今後老いて若い人に助けられながら生きていかなければいけない状態になったら、外見が良いほうが有利だろうから、整えていかなければならない。

切実なんだよ!ちゃんと!ちゃんとしなければ…

 

 そして、先日ブックオフスーパーバザーにふらっと行ってしまいまして。

なんとレディースの服が30%オフセール。これは!と、スイッチが入り、アプリクーポンも活用して1200円程度でパンツとカットソーを入手してしまった。

なんでかね、リサイクルショップで買ったりメルカリで買ったりした服は、愛着がわいてけっこう着るんですよ。

 

また、おしゃれから遠のいた。