仙台広瀬川ワイルド系ワーキングマザー社長

ビールと温泉と面白いものが好きな大学生男子の母。

髪を耳にかける

以前から謎に思っていた。女の人が、耳に髪をかける行為の意味がわからない。あれ、なんだろ。

そりゃ、髪が邪魔だから、耳にかけるんだろう。

でも、それだけではなさそうだ。だって邪魔ならピンで留めればいい。実際私はそうしてきた。だけどそうやっている人は、少ない。

 

子供の頃から、母に「髪がぼわーっとなっているのがうっとおしい!留めなさい結びなさい切りなさい」とうるさく言われたので、長い部分はピンで留めたりぐいっとゴムで結んだりしてきた。

でも、ふつうの大人の人でうっとおしい髪型の人はたくさんいる。前髪が長くて目にもかかっている、顔にもかかっている。絶対視界に入るし邪魔。でも、なぜかそれがふんわりと美しく見える人もいて。そんな髪型の方々は、ちょっと髪が下がってきたら、髪を耳にかける。

 

私の好きな「私たちが恋する理由」に登場する女性たちも髪を耳にかけている。そのヘアスタイルが彼女たちのかわいらしさ、ひたむきな心情を強調しているかのよう。

 

 

 

で、…私も多少、ふつうの人の真似をして、髪を耳にかけようと思う。

でも、髪を耳にかけたって、落ちてくる。

当たり前だ、耳にピンほどホールド力があるとは思えん。となると、落ちてくればかきあげ、落ちてくればかきあげ、を繰り返し、常に耳に髪をかけるしかないのだ。

おしゃれな女性たちと仕事を一緒にしていたころ、彼女たちをさりげなく観察すると、やはり、ひっきりなしに耳に髪をかけているのだ。
レジを一人打ち終わればかきあげ、話を始めるときにかきあげ、返事をするときにかきあげ。
しかも。耳の反対側の手で耳に髪をかけると、手がクロスして美しい、という技もあるようですね。
そういう、常に自分の見た目を美しくしたいというマインドが、彼女たちの無限に髪を耳にかける行動の原動力ではないかと気づいた。

私は途方に暮れた。だって、どうやらそのマインドは、私に備わっていない。

 

トイレや電車で髪を整える人をいつも不思議に思って見ていた。

寝癖で変な方向に髪が跳ねているからなんとかしたい、なら、わかる。ハンカチがないので手を洗ったあとの水分を髪でなんとかするのも、わかる。

みんな、どう見ても問題ない前髪を、執拗にととのえようとしている。髪の束やバラバラの具合は動けば一瞬で変わる。電車のドアが開いて風に吹かれたら変わる。なのに。なにかしら納得のいく、前髪に至るまで整え続ける。

一瞬のために。みんな、本当に、絶え間ない努力を続けている。

 

私も、髪を耳にかける人になりたいな。でも、面倒くさいし。
そう思っていた私でしたが。

 

けっこう最近、髪を耳にかけるようになったんですよ!

なぜかというと、インナーカラーを入れたからです。髪を下していればそんなに目立たないけど、動きがあると…

「ほら、カラー入れたの!見て!」

そういわんばかりに、髪をかきあげ、耳にかけるようになったのだ。気分が上がるね。さらに大きめのピアスもをするようになった。これも「見せたい」気持ちが強くて、やっぱり髪を耳にかける。

 

「…女性はすべて、自分を美しく装いたいと思うものです…」
ファッション評論家がおごそかに語るのを見て「ここに例外がおります!」と内心挙手していた私であった。しかし、まあちょっとわかる気もしてきた。
「私を見て!」という気持ちが、「私の美しさを維持したい!」となり、それが髪を耳にかけたり、前髪を無限に整えたり、になるんですね。

 

とはいえ、そのうち、やっぱりめんどくささが勝つ気がする。

美しく装うより素でいるほうが楽だし自分らしい…そんなことを心の底で思い続けているのだから。またショートになるかもしれないし、ね。