仙台広瀬川ワイルド系ワーキングマザー社長

ビールと温泉と面白いものが好きな48歳、高校生男子の母。

東北大学災害科学国際研究所主催「歴史が導く災害科学の新展開Ⅲ-日本の災害文化-」に行ってきた

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佐藤賢一先生のFacebookで知り興味を持ったので、7/21(日)、東北大学災害科学国際研究所主催「歴史が導く災害科学の新展開Ⅲ-日本の災害文化-」シンポジウムを聞いてきました。

www.tohoku.ac.jp

 

大変興味深い内容でした。もっとこの分野のお話を聞いて学んでみたいと思いました。

「災害文化」と言われても、ほとんどの人は「なにそれ」と思いますよね。

司会の平川先生が冒頭に語られたことばを使わせていただくと

「災害に対する、知恵、伝統、生活に継承されていくもの、先人の知恵」だそうです。3.11以降、実は地震津波についても、そのようなものがたくさんあったことが明らかになりました。

シンポジウムは大きく3つに別れていて、1つ目は首藤先生による基調講演。2つ目が各分野の専門家の先生による、最近の研究成果や事例の紹介。3つ目はパネルディスカッション。

一番印象に残ったのは、長年にわたり学際的な災害研究を進めてこられた、東北大学名誉教授の首藤先生の基調講演だ。

「災害文化は有用か」というタイトルだったが、そもそも私のような「『災害文化』って何?」という人間にとっても、入門的内容も含み、現状と問題点がよくわかる内容だった。

 

科学的な知識がないはるか昔から、災害が起こったときどうであったかの経験を元に先人は多くの知恵を残している。たとえば石碑。「この下に家を立てるな」という有名なやつがありますね。

それから口承、言い伝え。「津波てんでんこ」という言葉が3.11以降知られるようになった。民話などの形に残ったものや、もちろん、記録、文書も。

しかし、それがあまりに古いものだと、もう大事なものだと誰も思わなくなって、伝わらない、役に立たない、ということになる。

石碑も何書いてあるかわからないから、土地の開発の時に移動させられてしまったり。(ここから下に家を立てるな、なんて、位置が重要なのに!)

大災害が起きると、この出来事は残しておいて後世に生かすべしと昔の人も思うんで、実は記録がある。ここまで津波が来た、たくさん人が死んだ。でも、伝わらず、生かされてない。

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そこに起こりやすい・起きた災害を表している地名もある。けっこう山の方に、津波が沢を伝ってここまで来たんだぞ、っていう地名があるのに、その由来があまり知られてない。(アイヌ語だったりするし)

過去に災害があった場所がその災害由来の地名がついていたのに、開発され住宅地になるとき、「なんちゃらが丘」などのキラキラネームになって過去は忘れられてしまう、というのも聞く。

しかしながら伝わっている災害文化も、だいぶ信頼できない迷信・思い込みもある。

「夜は津波がこない」「夏は津波が来ない」「小さい地震では津波がくるけど大きい地震ではこない」信じられないぐらい適当な思い込みだ。油断して津波を見に行き、たくさんの人が亡くなった例は世界中にある。

首藤先生は、ある海辺のキャンプ場で「地震が起きたとき津波の警報を知らせる手段がないと…」と助言したところ、「知らないのですか、夏には津波が来ないんです。キャンプの利用者は夏しかないからそんなものは必要ない!」と言われたという。

私も聞いたことがある。日本海中部地震がくる前は「日本海側は津波は来ない」と言われた。でも私の住んでいた秋田では津波が来て、実際亡くなった人も多くいた。海に遠足にいった同じ学校の子達があやうく逃げ遅れるところだった。

笑い話のような迷信で、たくさんの人が亡くなってしまっては笑えない。

一方で、「山に逃げろ」という伝承を繰り返し伝え、それを信じて人々の命が守られた例もある。

災害文化は見直し、検討し、引き継いでいかなければならないーー。

でも引き継ぐのも難しい。 

 

…ということで、なるほどなぁ。と思いました。

 

その後の各先生方の報告でも、災害文化が「伝わらない」事例が紹介された。

3.11でも死者が多かったエリアと少なかったエリアではどのように災害文化に違いがあったか。避難行動につながる災害文化とはどういうものなのか。などの調査結果があり、興味深かった。

 

いろいろな話を聞くと、災害を事前に防ぎ、より早く伝える技術はどんどん進歩している。でもその情報を受け止めた人を、どう避難行動に繋げるか。

どう、やばいと思ってもらうか。どれだけ急いで行動しなければと思ってもらえるか。

いくら危険だと言っても、また忘れてそこに家を建ててしまう。

 

そして、パネルの冒頭の、川島秀一先生(民俗学)の言葉にも、また考えされられた。

「災害文化イコール防災文化ではない」。これまでの流れから、この言葉にはドキッとした。災害があったこと、それを伝えること。それに勝手に防災に役に立つように脚色がされて伝えられてはならないと。

民俗学の視点からの言葉は確かに「ああ、なるほど……」と、深く印象に残った。

文化、って無理に作るものではなく、そこにいる人々の間に立ち昇るものだ。役に立たない淡々としたものが注目されず、役に立つものだけ脚光を浴びて伝えられるのは、なんか違う。 とはいえ、そういうもののほうが伝わりやすかったりしないだろうか。災害文化、たしかに、とても難しい。

文化とはなんなのか、まで、考えてしまう。

 

パネルでは、防災文化を伝える手段として、石碑、文書、祭り、踊り、歌、言い伝え…に替わる、なにか今の時代にふさわしいものがあるのではないか、それも考えていかなければならない、という話題もあった。

 

そういえば津波の怖さをうまく図に表したtweetがバズったことがあった。

津波」という名前からイメージされる「大きい波」ではなく、海面が高くなって水の塊が襲ってくる(しかもいろいろな水以外の物が混ざって恐ろしく破壊力がある)ということを、それで多くの人が知ったと思う。

息子は「津波っていう名前を変える時期なんじゃないの」と言った。

 

今回は津波の話題がメインだったけど、他にもたくさんあるあらゆる災害について、伝え聞いても過小評価しがちな私たちにどう「怖さ」「実態」「被害」を納得させるか。

本当に考えなければならないのは、対自然現象、と同時に対人の心、だと思った。

災害って文理両方の知識が必要な分野なんですね。

 

シンポジウムのあと、佐藤賢一先生にも初めてリアルでご対面してご挨拶できました。twitterのプロフィールそのままのにこやかな先生でした。

 

地球について様々な調査・研究が進められているけど、首藤先生はそれを「10秒診察しかしていない」と、表現。ものすごく長い長い地球の歴史を、人間の一生に例えると、ほんの数秒。それぐらいの診察でとてもじゃないけど地球のことを知っているとはいえない。

ほんと、そうだよなぁ。と思いました。