仙台広瀬川ワイルド系ワーキングマザー社長

ビールと温泉と面白いものが好きな48歳、高校生男子の母。

灯油がない!

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灯油でちょっと……どたばた騒動があった。恥ずかしいけど反省と今後のために書いておく。

 

我が家の暖房は石油ストーブだ。2台稼働している。息子の部屋に1台、居間(6畳×二間のふすまを開け放している、居間と食卓と私の寝室を兼用)に1台。

灯油は生協に週一で配達してもらっている。ところが年末年始で配達スケジュールが少し変わり、一週間飛ばすことになってしまった。それでも、年末最後の配達で満タンにしていたので持つと思っていたのだ。

正月、私は実家に帰省し、自宅には息子と夫が二人。夫と息子はインドア派で、室内で過ごす時間が長い。灯油の消費は予想より多かった。

月曜日、ついに最後の灯油タンクが残りわずかになった。配達は木曜日の朝。これは、間に合わないかもしれない。

 

うちには車がない。自転車で重い灯油を運べる自信がないし、配達を別の業者に電話して頼むのもめんどくさい。

そうだノラヤの灯油を借りよう、と思った。

月曜日、ノラヤの営業が終わったあと、ノラヤの灯油を一部空きタンクに入れ、運ぶことにした。1/3だけ入れて、蓋をきっちりしめ、ビニール袋で包んでバイクのうしろにくくりつけた。なんとか運べそうだった。

しかし、途中で買い物のために生協に寄って驚いた。灯油が漏れている。なんてこった!

慌てて袋を外し、持っていたタオルで拭きまくった。危ない。もうすこし時間が経っていたら、バイクに灯油が垂れて、どうなっていたかわからない。

どうしよう。ここから歩いて灯油を運ぶ?いや、もう近くだし、また乗せて運んでみよう。

生協でゴミ袋も買って、栓を力いっぱい締めた。ゴミ袋で全体を包み、またバイクの後ろにくくりつける。

やっと自宅に着いた。今度は漏れてなかった。ほっとして玄関先に灯油タンクを置くと、息子が「灯油くせえ」と言った。

ストーブ2台に給油し、ちょっと余った。

あとはこれでしのごう。多分あと2日持つ、もう休みは終わりだから家にいる時間も少ないし。

 

火曜日。

いつものように朝バイトに行く。息子は私が出勤してから起きてごはんを食べて学校へ行ったはずだ。

14時ごろ、バイトから帰宅すると、家が暖かい。ぎょっとした。まさか。

なんと、二間続きの部屋で、ストーブがつけっぱなしではないか。

このストーブは上に鍋が置ける電気を使わないタイプなので、3時間タイマーなどついていないのだ。

誰もいない部屋で、5時間も燃え盛っていたストーブ。

「なんてことしてくれたんだ………」

速攻でストーブを消し、うなだれた。灯油がだいぶ減ってしまった。

 私が、あんなに大変な思いをして運んだ灯油を……

火事にならなかったのは、本当に良かった。一歩間違っていたら、住む家がなくなるところだった。

 

帰宅した息子を責めたが、「謝ったんだからもういいでしょ」と怒って自室に籠もってしまった。仕方がない。私がどんなに苦労して灯油を運んだかなんて、どうでもいい情報だ。

頭にきて、灯油タンクの残り灯油を全部、二間続きの部屋の方のタンクに入れた。

息子の部屋のストーブはやがて灯油切れになった。仕方がないので息子はエアコンをつけた。

 

水曜日も私はバイト、息子は学校。灯油を節約するために夜は駅前のケンタッキーに行くことにした。息子と前に約束して、行けてなかったのだ。

この日、仙台の気温は恐ろしく低く、強い風が吹き荒れた。路面の日陰はつるつるに凍結し、自転車は強風であおられた。

ケンタッキーの帰り、滑る道におののき震えながら自転車で帰宅して、これで暖房なしはやっぱり厳しいと判断した。昨夜満タンにした居間のストーブから、半分、息子のストーブに給油した。

ちなみに普段は電動の灯油ポンプを使っているが、この作業は手動ポンプでないとできない。灯油タンクに逆流防止の弁がついてるからだ。

「うおー!やっぱりストーブはあったけえなぁ。エアコン、全然あったまらないよ」

息子は顔をほころばせた。

 

木曜日の朝まで、なんとか2台のストーブの灯油は持った。もう安心だ。

灯油の宅配が来て、もう安心。

 

しかしこうして、騒動を書き出してみると、私って本当にばかだなーと思う。

そもそも、灯油がないからってノラヤから運ぶの、余計めんどくさい。買えばいい。

あとから入れた灯油を手動ポンプで分けたりして、それもめんどくさかった。

思想の根本に「金を使いたくない」があるから、こういう選択をしてしまうんだろうなぁ。貧すれば鈍す。

バイクにくくりつけるみたいな危険なことするより、自転車にタンクを乗っけて、押して買いにいけばよかった。多少はこぼすかもしれないけど、バイクの後ろでこぼれるよりまだいい。

これ、買おうかな。灯油がないと生活できないのに、灯油を入手する手段が週一の宅配のみというのはいかん…別の手段もあるほうがいい。

 

そして、居間のストーブがタイマーなしなのはちょっと心配だ。タイマーと連動して消化ボタンを押すやつを自作できないだろうか?

まー、タイマーで消えるストーブを買えっていう話だよな!

ぜんぶ遺伝子のせいだ?

「私は自分が大嫌いだ。だから、結婚もしたくないし、子供も作りたくない。私のような人間の遺伝子をこの世に残したくない。」

 

今まで、こういうことを言う人に3人出会った。

この世から抹殺したいほど嫌な悪いやつというわけでなく、普通の人だ。しいていえば、ちょっと個性的でネガティブ思考かなぁ、ぐらい。

へぇ……そうですか。私は、私が大好きで、私の優秀な遺伝子をぜひ残したいと思うんですがねぇ。

などとは、いくら私でも言えない。

 

しかし遺伝子ってそういうもんでないだろうと思う。

自分の息子を見ていると、私とぜんっぜん性格も行動も違う。せいぜい、手足が長いとか体の厚みが薄いとか目が一重とか爪がそっくりとか、そういう形質的な部分で「親子だなぁ」と思うくらいだ。

好きな食べ物も違うし。

好きなアニメとか音楽とか共通部分もあるけど、それは遺伝じゃなく環境要因だろう。物心つかない頃から見せ聞かせ……なんか洗脳ちっくだな。

その、自分が嫌いで残したくないっていう方々の言う「性格」とか「人間性」だって遺伝じゃなくて、環境要因じゃないのか。

たとえば、いくら頭いい遺伝子を受け継いだって、それを活かせる環境じゃないと発現しないだろうし。

 

先日、実家に帰省して、弟と数日暮らして思ったのだが。

子供の頃は「ふたご?」と言われるくらい似ていて、常にくっついて遊んでいた、一つ下の弟。

いまやもう、性格も行動も全然違う。

弟は超インドア派だ。こたつに入りっぱなしで動かない。

一方の私は、超アウトドア派。動かないと気がすまない。帰省中も、朝はコンビニ行く名目で散歩するし、買い物は1日何度でも出かけて行くし、雪が降ったら真っ先に雪かきをする。時間があまり、体が鈍るので散歩に出かけたら、道に迷い9キロも歩いてしまった。

遺伝子は共通の部分が多いはずなのに。家族で喋る時も立ってる私、こたつに巨体の半分をつっこんで横になっている弟。これに「あと5キロ太りたい」が口癖の母も加わると、本当にバラバラな人間の集まりで、遺伝子は何をしているのかと言いたくなる。

 

高校を卒業して家を出るまではここまで差がなかったように思う。二人ともこたつに入って本を読んだり漫画を読んだり、つまり机にひたすら向かうのが好きな人間だった。(でも昔から雪かきは私ばかりしていたような……)

私がアウトドアに目覚めたのは、大学に入ってバイクに乗り始めたからだし。

本が好きな弟はそのまま本の虫のまま出版業界に進んだ。 

 

うちの息子も、そろそろ家を出る時期に来ている。自分の遺伝子を残したというより、まったく違う生物が爆誕したように思える。あとは私がアウトドアに目覚めたように、どこぞに行った先で、性格ががらりと変わるようなものに出会って、私をびっくりさせて欲しい。

 

そういえば私と弟は、スポーツ万能の父を持ったのに高校生までは運動がまったく苦手だった。体育の成績だけ悪い通知表を見ては、遺伝しなかった不思議を呪ったものだった。ところが今、共通の「マラソン」という趣味がある。はじめたのは私の方がかなり後なのだけど。もしかしたら、スポーツは「苦手」でも「好き」の遺伝子は二人とも受け継いでいたのかもしれない。35すぎるまで、わからなかった遺伝。

 

だから、遺伝ってそんな単純明快なもんじゃない。

自分がいやなやつだからって、子供が嫌なやつとは限らないよ。

そう思うのだけど、やっぱりそんなことは言えない。

「僕は眠れない」椎名誠

椎名誠さんが長年不眠症に悩まされているという。

ぼくは眠れない (新潮新書)

ぼくは眠れない (新潮新書)

 

 肉体派のイメージのある椎名誠さんが…ってこの本を初めて見かけた時はちょっと意外だった。

30年以上の不眠症。その発端は自営業(非、会社員)としてはひとごとではなかった。 

会社を辞め、執筆業に専念。これで定時に縛られず時間が自由になった!…と思いきや、執筆を優先するためにどんどんずれていく生活時間。活動時間が集中できる深夜メインになる。そして編集者は時間を問わずに電話をよこす。(のちに、深夜は電話線を抜いてしまう)

仕事が終わり、眠ろうとしても眠れない。酒の力を借りようとするが、すぐ目が覚めてしまう。ふとんで悶々とし、犬の散歩に出かけ朝食を食べ、家人が出かけた後で仮眠、午後起きてまた仕事。そんな生活になってしまったという。
そしてある日起きた、ストーカー事件。今みたいに個人情報は厳密に管理されていないから、ある病的ファンが家に来てしまった。幽霊のようなその女の姿がトラウマになり、椎名さんの不眠はさらに悪化してしまう。

椎名さんは「岳物語」のようなユニークな私小説が知られているが、SF作家でもあり、また世界のあちこちに出かけて旅行記もたくさん書いている。長時間の飛行機の移動や、旅先の環境でも睡眠は容易に乱される。

だが体を使ったアウトドア活動をして大宴会をしてキャンプをした時は、ぐっすり眠れると言う。仲間たちと酒を飲み、焚き火のそばでしゃべり続けている声をBGMにしながら、テントと寝袋という環境としては決して快適でない状況で。これ、すごく共感できる。焚き火の赤い光と薪の爆ぜる音と、誰かの話し声、これ最高にいい睡眠導入剤だろう。ましてや昼間は体使ってるんだもの。とろーっといい眠りに落ちそうだ。

不眠と言うのは、私自身は滅多に経験はないけれど、どうしても頭を離れない考え事があったり、やたら頭を使って興奮したあとの興奮さめやらない状況でなったりする。体より頭を酷使しがちな、現代的な生活をしている者だけのものだろうと椎名さんは推測する。言い方は失礼だが未開の地に住む民族には、無縁の病だろう。

椎名さんはお酒に頼ったこともあるが効果的でないと実感して以来、必要に応じて薬でコントロールをしてきた。この薬はこういうタイミングで飲めばこのぐらい効く、というのがわかっている。「眠る」という行為について研究された、専門書も紹介されている。また長年お世話になっている専門の医師にも取材し、睡眠について詳しく聞いている。

専門家の話を聞くと、私を含む一般の人の多くがやはり、睡眠の意義を誤解しているようだ。

なぜ人は眠るのか?「休むため」。 ところがそう単純ではないようだ。起床している時間が「表」、に対する「裏」ではない。車のエンジンを切って車庫にしまうというものでもない。肉体にとっては休息の意味が強いが、脳にとっては昼間受けたダメージを修復し再構築する。寝ている間も脳は活発に動いているのだ。やはり睡眠は、必須だからしなきゃいけない、削ってはいけないのだ。
私たちは、睡眠を軽視しすぎじゃないだろうか。改めてそう思った。いっぱい寝たほうがいい、ではなく、寝なきゃいけないという認識になった方が良い。

脳は昼間、細かいダメージ、ストレス、悩み、感情、もやもや、そういったものを蓄積続けずっと過ごす。そして睡眠によってインプットを切ったら、それを一生懸命直して納得いかないことを一生懸命納得いくようにして、そしてすっきり翌朝迎えるようにしているとしたら。寝不足って、脳に対する虐待なんだよな。ケガをしても手当てもせずただ血を流しっぱなしにしているような状態だ。私たち日本人が精神の病をいっぱい抱えてしまうのはその辺に理由があるんじゃないのかなあ。

睡眠についていろいろ調べてみたけれども、じゃぁどうしたら眠れるのか。椎名さんは結局、わからなかった。特効薬もない。ちょっと絶望的だけど、30年以上も不眠と付き合っている椎名さんは今後も、自分なりに試行錯誤してやっていくしかないのかもしれない。

私自身も睡眠の重要性を再確認したが、家族やアルバイトの都合早起きして、家事や他人のペースに合わせると、夜は遅くなる。睡眠時間は平均5時間半。圧倒的に少ない。
昼間はどうしても、眠気が襲ってきて昼寝してしまう。

「不眠」じゃなくて「睡眠不足」だが、ちゃんと睡眠が取れていない問題は同じだ。

もっと睡眠について本をいろいろ読んでみようと思った。

そして、私の睡眠時間を短くしてしまういろんなものを、積極的に排除していきたい。

2019年にやること

以前、2017年には目標を立てていたのですが。

 

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2年ぶりに書き連ねておくことにします。

  • ソロツーリングキャンプに5回行く
  • 湯治Jelly!をする
  • 岩手の大沢温泉に泊まる
  • 山形の肘折温泉に泊まる
  • ノラヤを円満に閉店させる
  • ノラヤ管理人運営で学んだことをnoteにoutputする
  • ツーリングキャンプまんがを2本描く
  • 資格を一個取る
  • 東京に遊びに行ったときにMikkeller Tokyoでやっている朝ランイベントに出る
  • 月に100km走る
  • 東北風土マラソンのハーフを完走
  • 松島ハーフマラソン、ハーフ完走
  • 息子受験に向けて自宅の環境を整備する
  • 実家母サポートのため月に一度は帰省する
  • お金がないって言わない
  • お金をなんとかして稼ぐ方法を考える
  • 盛岡の「よいち」に行く
  • 蓄積された布で小物作って売る
  • 吐くような飲み方をしない
  • 400ml献血を年に2回ちゃんと行う
  • 体重をあとマイナス1キロ!!!
  • 神戸に行く

2018年の10大ニュース

今年も振り返ってみます。去年はこういう充実した一年でした。 

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では、2018年は。

1. クラフトビールにはまる

もう、これが一番です。きっかけはお正月のあたり、東北を旅していたビール好きの女子とたまたまtwitterでやりとりするようになり、クラフトビールの世界にはまりました。@i_tooooonさん、いつか会いたいな。

ビール好きを自認していたのに、なんだか中途半端な知識しかなくて知ったかぶりしていた自分が恥ずかしい。仙台のクラフトビールのお店もいろいろ行くようになり、これが同じビール!?みたいな超おいしいビールたちにたくさん出会いました。

クラフトビールのこともっと知りたくなり、8月には遠野に行ってホップ収穫祭に参加。遠野醸造も良かった……!

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東京に行った時もクラフトビールのお店巡りをした。

そして12/28は、クラフトビールの飲み納めと言わんばかりにガブガブ飲んで、翌日丸一日死んでいた。水も受け付けず吐きまくり。反省しきり。

幸せなビール飲みになるよう、2019年は努力したいと思います。

2.初めてのハーフマラソン完走

東北風土マラソンのハーフに出て完走。

食べながらののんびりランだったけど、やっぱりハーフは長かった!

2019年も挑戦します。

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3.登録販売者試験合格

今年の前半は、この勉強を最優先してました。

バイトの関係で資格に挑戦することになり、無事合格。薬の勉強はとてもおもしろかったです。可能であればせっかく得た知識を仕事に生かしたい。

4.ノラヤで、夜の自習室をやった

ノラヤで初めての試み、夜の自習室を始めました。ほとんど平日昼間のドロップインがない状態の打開策として。結果、好評なのですが、運営する私がしんどいのでちょっと考えてます。

sendaiworkspace.hatenablog.com

5.初めての車キャンプ & バイクツーリング行けなかった

毎年ツーリングキャンプに行くんだけど今年は行けなかった!!

なので台風が来てるけど無理矢理レンタカー借りてキャンプに行った。その日は私の誕生日でした。

ツーリングキャンプに行けないのは人生の損失なので大変残念なのですが、車キャンプはそれなりにおもしろい経験でした。

6.RubyKaigi 2018 & スタッフ

仙台でRubyKaigi2018が開催されました。ローカルオーガナイザーというスタッフをやりました。いろいろ複雑な気分をかかえつつ。もう自分はRubyの人じゃないんだなぁ、ITの人じゃないんだなぁということを改めて思いました。

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7.Rails Girls Sendai初開催&スポンサー

RubyKaigi2018の後、仙台でRailsGirlsを…という声がちらほらあがり、他の人に無茶ぶりしちゃいました。

それで「ノラヤ」としてスポンサーさせていただきました。「ノラヤ」が出資みたいなことをするのが初めてだったけど、おかげでちょろっとプレゼンもさせてもらったし、これをきっかけにお客様になってくれた方もいたりして、いい経験になりました。

 

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8.ラジオ出演

2週に渡って、「渚の妖精ぎばさちゃん ラジオでねばぎば!」に出演させていただきました。ノラヤ常連の小泉さんとのご縁でした。しゃべり、苦手だったけどおもしろい経験でした。

noraya-sendai.net

9.今年も生き延びた

48歳、年女、言い逃れできないアラフィフ(最近はアラフィーというらしい)。でも、健康管理に気をつけ(二日酔いはあるけど)、ランニングも続け、風邪もひかず、献血も年二回(一回貧血で断られたけど)行き、バイトもがんばり、全身に筋肉がついてなんだかいいかんじでした。

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10個目はおもいつかなかったです。

2019年は内面をもうちょっと高めていきたいし、始まりそうな介護、息子は大学受験、やり残したこと、ほんとやっていかないと、後悔しそうだ。

身軽になるぞ。

服はいつまで着るのか

ファッションというものがわからないまま、50年近く生きてしまった。

年相応の服もわからない。

母に「もうジーンズはやめなさい」と言われたことがあった。ジーンズが一番着心地がいいのに。

そして服に関してもうひとつわからないことがある。

服って何年まで着れるのか。着ればいいのか。

まさかみんな、雑誌に載っているように毎シーズン5着買い足して、古いのは捨てているわけではあるまい。

穴があいたり擦り切れたりして、着れなくなったら新しいものを買う、じゃ、ダメなんだろうか。ジーンズは膝が抜けると買い替えだ。捨てたくないのは繕って履いたりもしていた。↓ 

monyakata.hatenadiary.jp

 

でも、服ってけっこう、持ちますよね。

あ、持たない服もある。タートルネックのカットソーとか。首があったかいから買うのに、やがてに首まわりがびろーんとなる。それでは意味がない。肩幅が広がって袖が長く感じるようになったら私でも処分する。

ちなみに服を処分するときは、よっぽどめんどくさくなければ、切り刻んで布ティッシュにし、食器を洗う前に汚れをぬぐう。

 

しかしそんな私も、劣化してもいないのに、目に入るだけで気が滅入り、着たくないと思う服が出てくるようになった。なんと贅沢なことだ。

たとえば、ネットで買ったもの。衝動買いではなく「こういうものがほしい」と願って、検索して、買った。なのに手元に届いたそれは微妙に期待はずれ。でもまぁ、着れるから着る。美しい若いモデルさんが着ているのと私と、違うに決まっているのだ。でも微妙にがっかり感をまといながら着る。それがやがて「気が滅入る」元になる。

それから、フェリシモ。あれは手を出してはいけなかった。一度買うと同じ形の微妙に違うデザインが毎月届く。どんなデザインが届くのか分からないのもお楽しみだという。価格も高すぎもせず手の届く感があってずるずる続けてしまった。今はすっぱりやめた。(ネズミ講みたいに表現してしまったが、フェリシモは別に悪徳企業ではない)フェリシモも、現在は一部一点だけ購入も可能になっている。

とにかく、実物を見ないで買うとろくなことがない。

最近こういう服がほしいと思ったら、いきなり新品を買いにいったり、ネットを検索するのではなく、ぐっと思いとどまって、リサイクルショップに行く。リサイクルショップなら高くて千数百円、安いと300円〜500円だ。失敗してもがっかり感が少ない。

じっくり探し、吟味する。いいのがなかったら、買いたい欲が消失している時もある。

リサイクルショップもユニクロもだけど、店員さんが構ってこないから気が楽でいい。通販の気楽さはそこもあるんだよね。ブラジャーみたいにしっかりプロに相談しながら買ったほうがいいものもあるが。

 

そう、ブラジャー。ブラジャーも何年も持つ。そもそも高いものだ。だから新しいものを買う時は、よっぽど体型が変わったか、破損するか、なんか気合いとか勢いが必要な場合か。だいたいの買う理由は3番目だな。とはいえ、経済的に厳しいと必要に迫られていないから、がまんせざるをえない。たかが下着だけどブラジャーは大事なんすよ。ちくちくしたり、形が合わなかったりすると全身の具合が悪くなる。購入には慎重にならねばならない。

先日、ブラジャーが破損した。明らかに経年劣化で破けた。

ああ、こんなになるまで長い間使っていたのか。心おきなくゴミ箱に突っ込んだ。と同時にほっとした。ほっとしたということは、私、これ、あまり好きじゃなかったんだなぁ。そういえばフェリシモで惰性で買ったやつだった。

一個だめになったから「必要に迫られ」、晴れて、新しいブラジャーを買った。

ネットで。

だめじゃん、私。

 

前はお気に入りだったのに、だんだん嫌いになる服もある。「着れる」から捨てられない。そういう服は、リサイクルショップ行きだ。

結局、ライフスタイルに合うもの、となると、アウトドア系を、擦り切れるまで着ることになるんだよなぁ。

オチはないです。

「食べる女」「続・食べる女」筒井ともみ

映画が面白そうだった。けど、見逃してしまった。まぁいいや、原作読んでみよう、と、図書館で借りた。

いろんな女(二人だけ男)が主役の短編集だ。

食べる女: 決定版 (新潮文庫)

食べる女: 決定版 (新潮文庫)

 
続・食べる女

続・食べる女

 

作者の筒井ともみという人は、ヒットしたドラマを数多く手がけた脚本家でもあるらしい。

しかし。ううむ。

なーんか、面白くなかったな。

読後感があまり…。そのストーリーごとの主役がいいんだか幸せなんだか、もやっとよくわからない終わり方をする。まぁ幸せなんでしょうけど、うーん、ってかんじ。

展開に、急に「父が死んだ」「母が死んだ」が多い。安直な印象を受ける。

あと流産やアトピーなど病気の描写で「えっ。そんなこと根拠もなしに書くもんじゃないよ」と眉をひそめたくなる部分があったり。

いちばんがっかりなのが、「食べる」とタイトルにあるのに、出て来る料理がおいしそうじゃないこと。

料理名や材料名、素材名はたくさん出てくるのに、味や食感の描写がまったくといっていいほど、ないのだ。不思議なくらいに。だから、ぜんっぜん、おいしさが想像できない。おいしいかどうかすら、わからない。

映画の予告編で登場人物たちがあれだけものをぱくぱく食べて、「おいしい〜!」と言ってるのに。きっとそのへん映像化で補われたのだろうと思う。

 

まぁそもそも、食欲と性欲がテーマらしいから、味覚は抑えたという可能性がある。ただその、食欲と性欲ののまぜこぜの具合が、あまり読んでで心地よくない。ときおり、あからさまで不快感まで感じてしまう。

挽肉が好きな女がボールでぐちゃぐちゃ挽肉をかき回すあたりなど、その擬音が連なる文を目で追うと気持ち悪くなる。

めしにしましょう」で「私は食欲と性欲を混同するのが好きくないのよ」と青梅川さんが言ったセリフを放ちたくなる。

彼女たちのお相手となる男たちも、なんだか都合が良すぎる。

ちなみにオトコとカタカナで表現するところがあるが、そのカタカナの語感もなんだかいやだ。これは、一個人の男性ではなく、クラスとしての、不特定多数で誰でもいい場合の男を「オトコ」と表現しているのだ。わかってるけどそういうのいやだ。

 

しかし、ね。ここに出て来る登場人物のような、自由な、性も食も住もそれぞれ、欲に素直な生き方、どうしようもないけど「いいなぁー」と思ってしまうのよね。

好きなところに住んで、好きなものを食べて、好きなお店に行って、好きなところに行って(さらに素敵なオトコとたくさん出会い……というのは、別に望まない。リスクもあるし)

ただ、その結果、彼女たちは、幸せなんだかいいんだかわからない状態になっているのだけど。 

ファンタジーであり警告でなのだな、これは。現実にまみれた私たちオンナのための。

ほどほどかっこ悪く、ほどほどこちらを裏切って、トータルで普通よりほんのちょっぴり、いいオトコ。ああ、そんなオトコに、好きなことづくしの暮らしの合間に、出会えたらいいなぁ、でも、別にハッピーが待っているわけじゃぁないのよっていう、ね。

まぁ、機会があったら、映画も見てみたいですね。たぶん、おいしく食べる彼女たちに出会えるのでしょう。