仙台広瀬川ワイルド系ワーキングマザー社長

ビールと温泉と面白いものが好きな47歳、高校生男子の母。

「未来食堂ができるまで」

未来食堂ができるまで

未来食堂ができるまで

未来食堂については、なにやら周囲の複数の方々から情報をシェアされてきて存在は知っていた。
で、CMC読書会FacebookのグループCMC:コミュニティマネージャーズ・コミュニティで行っている読書会)の課題図書としてこの本が取り上げられていて興味を持ち、図書館から借りた。
飲食店とコワーキングスペース、業種は違えど店舗運営という点では同じ。そういう観点で、自分そしてノラヤとの共通点、相違点を感じながら読んだ。



斬新なことをやる人の本というのは、たいてい、すごい能力があってすごい努力家であることがひしひしとわかって、読んだ後「ああ……なんか違う世界の話だなぁ。私ってなんてだめなんだろう」という気分にさいなまれる。
でも、この本はちょっと違った。
せかいさんは15歳の時からお店を持つイメージを持ち、高校の時2ヶ月に渡り家出し(うちの息子がこれやったら間違いなく私、胃に穴があいてストレスで死ぬなと思って読んでて辛くなった)、高校生の時からゲイバーに出入り、学園祭でお店を出す。はー。すげー。活動の人だ。私と正反対だと思った。
かといって、ものすごい努力の人というかんじではない。エンジニアから飲食業へ。転身のために修業先を選び期限を切って複数の修行をする。そこに「根性」とか「がむしゃら」という言葉は浮かばない。「考えてるなぁ」という印象。

私もコワーキングスペースをオープンする前にカフェでバイトした。個人でお店を持ってそこで商売するのはどういう業務が必要なのか。ひととおり知りたかった。あの経験のあるのとないのとではかなり違った。ただ、せかいさんほどしっかり考えてはいなかった。
老舗とチェーン店の違いも、読んでてうなずきたくなった。私の場合、前バイトしていたカフェは老舗、今バイトしているコンビニはチェーン店に相当する。それぞれから得るものが違う。(正直コンビニの方が得るものが多い。オペレーションの効率や衛生管理は圧倒的にしっかりしている。老舗は個人の判断・能力に頼りすぎ)

私と似ているなと思った点が他にもあって、それはオープンソースの精神に基づいて事業計画書や毎月次決算をネットで公開しているところ。私は売り上げの公開だけだけど。私もオープンソースの恩恵を受けて仕事してきたので公開するのが当然だと思ってる。コワーキングスペース運営したい人の参考にしてほしいと思っていた。売り上げがこんなもんだと前もって知っていれば、「空きテナント活用でコワーキングスペースでウハウハ」とか「まずはバイトを2人雇用」とか無謀なことを考えたりしないだろうと。コワーキングスペースが1年そこらで潰れ、コワーキングスペースはうまくいかない、すぐ潰れるという印象が蔓延するのを避けたいと思っている。でも実際は誰も参考にしてないっぽい。未来食堂の月次報告を見て反省した。私は「売り上げ減ったけど気にしてません」などと毒にも薬にもないことを書いている。せかいさんは、売り上げ増減の理由を分析し、今後の目標を明確に書いている。こういうことやらなきゃ意味ないんだよ。次から私も真似します。

それから、物件を歩いてて見つけたというのもノラヤのケースと同じ。ネットで探しても高すぎて諦めててて、私は不動産屋めぐりすらしていなかったんだけど、自転車で走り回って相場の半額程度の物件を見つけて「ズキュウウウン」と来て決めてしまった。いまだにこんないい場所に出会えたのが不思議でならない。店舗物件は足で探すものなのだろう。

せかいさんの未来食堂におけるコミュニティに対する考え方も、面白かった。
お店ってしぜんと常連グループができて、一緒に花見したり旅行したり芋煮したりするけど。
「そういうのがね、必要ないからです。」せかいさんは、言い切る。コミュニティ大好きな皆さんには驚きを与えたみたいだけど、私はなんとなくわかる。
ノラヤには「コミュニティ」がたしかにしぜんと、できている。
でも、コミュニティとして囲い込んでしまうつもりは毛頭ない。そこに内輪感や排他的な空気を出したくないからだ。商工会議所や経営相談の人と話した時、「固定客が……」「囲い込み……」みたいに言われるたび、すごく違和感を感じた。もちろん常連さんは大事だけど、ノラヤ管理人3周年ブログにも書いたように、コミュニティのメンバーが入れ替わるのが普通であっていいと思う。囲いの中ではなく、ノラヤは流れの途中にあって常に私が居て誰かが立ち寄ればいい。囲われたところは澱むのだ。ドロップインを辞めて予約制にしたり、完全会員制にしたりしているコワーキングスペースも多い。ノラヤはイベントの収入がほとんどなのに、もうからなくて運営者負担も大きいドロップインを続けているのは、ふらっと、思い立ったら、来て欲しいからだ。

さて、これは私と違うなと思った点。
それは、ひたすら「あなた」に向けてサービスしているところだ。「あなた」とは、まとまりではなくコミュニティではなく、そのとき未来食堂に居た、目を向けた、ひとりひとり。
私は、こんなにも「あなた」のことを考えて行動ができない。どうしても「自分」を最初に考えてしまうのだ。ノラヤは自分の欲しい場所を作っている。私が快適で、私があったらいいなと思った場所。だから私が満足したいようにしてしまう。
私が時々お菓子を作ったり料理を作ったりするので「飲食店をやれば」と言われることもあるのだけど、私にはできない。私は料理が好きなのではなく、自分が食べたいものを作っているだけだから。飲食店はおいしいものを食べたい人ではなく、おいしいものを食べさせたい人ができるのだ。

未来食堂のユニークな仕組みとして「あつらえ」「まかない」「ただめし」などがある。
その中の「あつらえ」の部分、私の20年来行きつけのお店を思い出した。そのお店は、以前メニューがなかった。
「おなかすいた」「魚が食べたい」など気分と食べたいものを伝えると、なんか、出してくれる。「今日は◯◯があるよ。食べる?」って言われることもある。
有名になりいろんな人が来るようになると「メニューないの?」って言われるようになりメニューができた。でも正直、メニューどおりのオーダーっていまいちつまらない。あの、「なんか食べたい」という時に、ぴったりの、そして多少の驚きとともに「なんか」が出てくるのが嬉しいんだよねえ。
未来食堂の「あつらえ」が、このお店と同じようなものかどうかは体験していないのでわからないけど、一般人向けではなかった知る人ぞ知るルールの常連のあかしのような、あの「なんか」が出て来るというシステムを、「あつらえ」と名前を付けてマンガの解説もつけたりしてわかりやすく前面に出しているとしたら、なるほど「コミュニティがいらない」ゆえのやり方なんだろうなと思った。ふらっと目の前に来たアノニマスな「あなた」を大切にしているがゆえ。


つらつらを感想を書いたつもりで、結局自分のことばっかり書いた気がする。そういう人間なんだよな、私。
ともあれ、感想を書いてるうちに未来食堂に行きたくなってきたのは間違いない。東京に行く時に予定があえば、ランチでなく「あつらえ」狙いで、弟でも誘って、行ってみようと思う。