Money makes me happy.
その日は、歩きたかった。
お気に入りのランニング用音楽を聞きながら歩くと自然と早歩きになる。
出勤時歩くのが好きだ。単純に運動になるというのもあるけど、それ以上に、なぜか笑顔が浮かんできて仕方がない。家からノラヤまで、いろいろなことを考えながら歩く。こんどあれやろうとか、あすこ行きたいとか、いろいろ思いつくのも歩きながらが多い。だいたい、歩いていると気分が前向いてくる。
しかしその日は、さらに気分が良かった。
なんだろう、気分がいいなぁ。
太陽が出ていたので帽子を被っていた。顔をなでる風が心地よい。抜けるような青空の下を歩くときとても上機嫌になるのだけど、今日はうすぐもりだ。
帰るときも歩いた。
いつもより遠回りしたくて、河原の道を歩いた。
幸せだなぁ。ちょっと傾きかけた夏の日。運動部の高校生たちが走っている。この若者たち全員に祝福を与えたくなった。
川沿いでは制服を着たカップルがいた。素敵だなぁ。
汗だくになってランニングしている大人の人たち。いいなぁ。走っててシュッとしているおっさんはいいぞ。
私ももっと走りたい。シュッとしたほどほどに筋肉のついたおばさんになりたい。
どこまでも、川からの風を浴びて、歩いて行きたくなった。
世界の、自然の恵みに感謝したくなった。
まわりがみんな幸せになればいいと思った。
誰もいないところで、スキップした。
なんで今日はこんなにいい気分なんだろう?
重力がちょっとだけ小さくなったような気分。
いつもと代わり映えしない景色なのに。
今日も代わり映えのない1日だったのに。
綺麗な夕焼けに照らされているわけでもないのに。
……
河原の道から下りて、唐突にその理由がわかった。
あ。
「お金が手に入ったからだ」
そう。
自営業を初めてから10数年。
一度の振込額としてはこれまでで最高の金額が振り込まれたのだった。
もちろんとある仕事をやったから。なんだか正直不思議な気分になる金額なのだが。いただけるということでありがたくいただいた。
というわけで。
なーんだ。私、お金が手に入ったからこんなに幸せなんだあ!
気づいたら、笑いたくなってしまった。あははは。
誰かの幸せを願いたくなるのも、代わり映えしない景色が綺麗に見えるのも、いつもより気分が前向きになるのも。
充分にお金がないと、私はそんな気分にならないってことか。そりゃそうだよなぁ。
ああ、お金は正しい。お金は真実だ。お金は人を幸せにする。
お金は気分を底上げする。
しょうもないなぁ、私。
口元には別な笑みが生まれた。
気づいてしまったら、幸せ感は、徐々に消えていった。
定常的にお仕事があるわけじゃないから、振り込まれたお金もいつかなくなる。
安心して暮らせる保証は、明日も明後日もなにもない。
笑っちゃいられないんですよ、私は。
戦いましょうか、これからも。